シンデレラの魔法

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事務所のすぐ下の階にある美容室に入ると、私の母と同い年くらいの女性が出迎えてくれた。 「あら。あんたにしちゃ、ずいぶん可愛い子連れてきたじゃない」 「だろ。もっと可愛くしてやってよ」 二人の間に親子みたいな絆を感じた。私には久しく縁のないものだ。 「いらっしゃい。こんなのに捕まって大変だったわね。どうぞ」 笑顔で促されて、私はおずおずとシャンプー台の椅子に座った。早速ケープをかけられる。 「話があるから、終わったら上に来て」 私が頷くと、睦は店を出ていった。 女性は私の髪を優しくブラシで()いてから背もたれを倒した。顔にガーゼを掛けられるとシャワーをひねる音が聞こえて、ほわっと湯気が立ち上る気配がした。優しい手付きに私は為されるがままで、髪がしっとり濡らされていく。 小さい頃は、いつも母に髪を洗ってもらっていたことを思い出した。すっきりとしたりんごのような香りと泡に包まれて、体までほぐれていくようだった。 トリートメントを終えて私を鏡の前に移動させると、彼女はカーラーを取り出した。アイロンも準備されている。それから指先で頭皮を撫でるように風を入れながら、ドライヤーで髪を乾かし始めた。 肩甲骨まで伸びたストレートヘアは、ずっと私を象徴するものだった。体育の時に結わえるくらいで、取り立ててアレンジしたこともない。 「高校生? いくつなの」 女性が話しかけてきて、はっと我に返った。 相変わらず声は出てこない。 それでも、私が無視をしているわけではないと、彼女はすぐに気づいたようだ。 「いいわよねえ、十代って。眩しくてきらきらで」 昔を懐かしむように言われて、何も答えないよりはマシかと思い、鏡の中の彼女に向かって微笑んだ。私と目が合うと彼女も笑みを浮かべた。 彼女は手際よく私の髪をアップにすると、前髪にカーラーをセットして、アイロンでポニーテールの毛先を巻き始めた。 「睦もね、今まで結構苦労してきたから」 ぽつんと彼女が口にした。 私は彼女の手の動きを邪魔しないように、小さく頷いて相づちを打った。彼も何かを抱えているんだろうか。だから、私の気持ちに気づいてくれたのかな。 「今日は凄く楽しそうな顔してた。あなたに会えたからかしら。ここしばらく『人探し』にご執心だったのよ」 不思議だった。 私はよく、誰も自分を知らない場所に行きたいと考えるけど、彼のような人気者がそう思うのはピンと来なかった。みんなから慕われるのは、嬉しいことだと思ってたから。 それに、仙堂さんも彼女も立派な大人なのに、犯罪になりかねないこの状況を、睦と楽しんでいる。 でもそれは、逆説的に睦が他人に酷いことをしない、優しい人だと言うことを示唆していた。私でさえこの短時間で、すっかり彼に安心させられていた。 それに彼らはみんな、私が喋れないことを(とが)めたり(わら)ったりしない。それが私にはとても居心地がよかった。
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