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雨音をわけ合って
案の定、屋上に出た。
陽射しは相変わらずだが、風があって気持ちがいい。
視線の先に手すりに寄りかかった睦の背中が見えた。
さっきまでの笑顔と真逆な、寂しそうな後ろ姿。
『結構苦労してるから』
私にも 何か出来ればいいのに
私の足音には気がつかないようだ。
風の中に微かに煙草の香りが混じっていた。睦が煙を吐いているのも見える。
私は彼に近づいて手を伸ばすと、シャツをぎゅっと掴んだ。
驚いた睦が振り向いた。
「杏菜」
私だとわかると笑顔になった。
「可愛くしてもらったな。今、至がメシ買いに行ってるから、もう少し待ってて」
私は頷いたが手はシャツを握りしめたままだ。
何だか離してしまったら、彼が遠くに行ってしまいそうな気がして。
それを察したかのように、睦は私の手をそっと掴んで優しく言った。
「俺はここにいる。明日の朝までは、一緒にいてもらうからな」
彼が喋ると吐息に煙草の匂いが香る。
ちょっと煙たいけど嫌ではなかった。むしろ安心する、懐かしい香り。
お祖父ちゃんの 匂いだ
そんなことを言ったら、睦の方が気を悪くしそうだ。
私は内心で苦笑した。
「あ。ごめん」
彼は急いで煙草を揉み消して、柵にくくりつけられた小さな灰皿に吸い殻を投げ入れた。
仙堂さんがハンバーガーショップの紙袋を抱えて戻ってきた。友達とつるまない私は、ここ数年口にしていない食べ物だ。焼けたお肉とフライドポテトの油の匂いに、急にお腹がすいてきた。屋上の片隅に日よけ付きのテーブルと椅子のセットが並べてあり、みんなでそこに座った。
「聡美さんにも声かけてきた。終わったら来るって」
「ん」
「この勢いじゃ無くなりそうだな」
睦は夢中でハンバーガーにかじりついていた。
私もひとつを手に取った。真っ白なワンピースを汚さないように、気をつけながら食べていると、仙堂さんがタオルを膝に掛けてくれた。
「せっかくの服が、汚れたらつまらないだろ」
どうしてこの人たちは
私にこんなに優しくしてくれるんだろう
さっきまで知らない人だったのに
不意にまたセンチメンタルな気分に襲われて、口の中がきゅうっとなった。涙を必死で堪えていると、さっきの美容師さんがドアから顔を覗かせた。
「わあ。ハンバーガーなんて久しぶり」
私の向かい側に座り、嬉しそうに食べ始める。
コーヒーを飲んでいた仙堂さんが、それが合図かのように私に話しかけた。
「杏菜ちゃん。ちょっと真面目な話、するね」
私も聞きたかったから頷いた。
みんなが何を企んでいて私は何をすればいいのか、知りたくてうずうずしていた。
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