三年過ぎました、いまそこで見ていますか?

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 私はハナミズキさんのアカウントの、検索マークをタップする。  ここに単語を入力すると、過去にハナミズキさんがその単語を投稿した内容がすべて一覧となって抽出され、表示されるのだ。 【ハナミズキ FOR ひまわり】  新しい投稿から、ずらりとひまわりさんの文字を含む投稿が表示される。  スクロールして、現在から過去へとたどる。  二人は運命で出会ったとしか思えない仲睦まじい美男美女で、まだ二十代で、小さな子どもがいる。  離婚した形跡はない。  ここまで揃えば、この先彼女の投稿に何が現れるか答えは出ているのに、私は確かめずにはいられなかった。 一年前、ハナミズキさんの誕生日 “わたしだけ時間が止まってる” “止まってなかった” “ひまわりさんの年齢になってしまった” “このまま私はひまわりさんを追い越して行くんだ” ひまわりさんはこのとき、もういない。 二年前、ひまわりさんの誕生日 “ひまわりさんと付き合い始めた頃” “私は会社で悩んでいて” “そんなとき、親切な女の先輩に優しくしてもらって” “友達を紹介してもらって、みんなに話しを聞いてもらって” “あーよかった、これで頑張れるって思ったって話をしたら” “スマホで検索して画面を見せてきて” “「これ読んで」って” “宗教だった、それもすごく危ないやつ” “結構有名なのに私全然知らなくて” “年上のひまわりさんは、そうやっていつも” “はじめから、私のこと見守ってくれて” “さりげないのにすごく頼もしかった” このときももう、全部過去形になっている。 三年前 “まだ49日が過ぎていません” “ひまわりさん、まだいますか?” “私の近くにいますか?” この49日以内の投稿に、ひまわりさんの最後がある。 私はスクロールして、その日を探した。  * * * “ぜんぶ書いちゃってから気づいた” “年齢とか、事故の状況から、アカウントリアルばれする” “気づいて鍵かけたけど” “ひまわりさんのアカウントはまだ鍵かけていない” “ひまわりさんのアカウントから投稿すべき?” “「妻です。ひまわりは事故で永眠しました」って” “書けるかな?” “いま全然わからない” “ガーベラちゃんが泣いてる” “泣いてる。どうしよう” “わかんない” “ひまわりさんが死んじゃった” “ひまわりさん、死にました”  その少し前の投稿に、事故から息を引き取るまでの経緯が、詳細に記されていた。  調べればすぐにでもわかりそうだった。  たとえば、死んだ彼の本名。だいたいの住所。  さらに遡る。  その一週間前。  ひまわりさんの手料理、二人の晩酌、ガーベラちゃんが寝ているうちに、という日常の投稿が写真付きであった。  そのときはまだ、誰も数日後のことを知らない。  この先何十年も続いていく幸せな光景がそこにあった。  二人に、余命一週間だと知らせてあげられたら…… (違う、そうじゃない。もし過去の投稿に、その時間軸で投稿できるのなら、私は事故を全部調べて伝えるのに。「そこには行かないで」って。「もっとずっと、二人で長生きをして」って)  時間は絶え間なく前に進み、過去に干渉なんかできるわけがない。それでも、運命を知らぬ二人の生活があまりにもあたたかく、優しい愛情に満ち溢れていて、胸が壊れそうに痛い。  さっきからずっと泣きっぱなしだ。  自分だったら、無理だ、と思った。  この愛を失ったあとに、三年間も生き続けるなんて無理だ。  ハナミズキさんはどうやって生きてきたんだろう。 “死にたい。消えてしまいたい” “ひまわりさんがいない”  “夢でもいいから会いたい”  ひまわりさんと出会い、ふたりで紡いでいたSNSの中でひとり残されてずっと叫びながら。 (ハナミズキさんは、三年も頑張っているんだ)  それはやっぱり、強いな、と思った。  死にたいと言いながら、死なないで生きてきたのだ。  いつ死ぬかわからない、本人だっておそらくわかっていない。  ある日、そちら側へ気持ちが全部行ってしまうかもしれない。  それでもいまハナミズキさんは、生きている。  鍵をかけた中にたまたま残してもらっただけの、相互フォロワー1。  彼女の人生に何一つ関係していない私にできることは、何もない。  もし下手にアクションを起こしたら「何このひと、誰?」ってブロックされて、鍵の外に放り出されるかもしれない。  たぶんそうなるだろうなと恐れながらも、私は震える指先で彼女の最新の投稿の♥をタップした。  久しぶりにログインして、たまたま目に入った。  まさにその状況の、素直な気持ちで。  夢でも会えて良かったねの意味で。  その一回でブロックされることがなかった私は、それから少しずつ、不審ではない程度に、アカウント復帰したていでハナミズキさんの投稿にイイネを押すようになった。  生きているだけで、今日も百点満点だよって気持ちを込めて。  少しずつ。  なにげない趣味の話。食べたごはんの写真。ガーベラちゃんのこと。  その日は、満開の桜の下で、二人で並んで撮った写真がUPされていた(顔はスタンプで隠してあり、周囲も場所が特定できない程度にエフェクトで加工してある)。  地味なスーツ姿のハナミズキさんと、ランドセルを背負っている子どもの姿だった。 (ガーベラちゃん、小学生になったんだ。おめでとう)  なんでもない私の、拒否されないように怯えながら触れるイイネの♥ささやかすぎる気持ち。  少しでも、あなたに届きますように。  あなたたちが見せてくれた優しい生活に、憧れや幸せな気持ちをもらったことがあるから。  ハナミズキさんに、生きていてほしいから。  * * * “今日はなんだかすこし、気持ちが軽いです” “近くでひまわりさんが笑っている気がします” “ガーベラちゃんも同じことを言っています” “いまそこに、お父さんがいなかった?って” “いってきます、ひまわりさん” “私ね、なんにもできないでいつもひまわりさん頼りだったけど” “いまでもなんにもできないけど” “がんばって、ガーベラちゃんと生きてるんだよ” “ひまわりさん、ゆっくり休みながらでいいから” “そこで見ていてね” “ずっと大好きだよ”
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