エピローグ~報告

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エピローグ~報告

 出来たばかりの真新しい名刺を何枚か取り出し、名刺入れに納めた。それを内ポケットに仕舞い車に乗り込んだ。陽射しはまだ鋭い。九月になったがまだ暑さは通り越すこともなく留まっている。車内のエアコンも若干強めで丁度良い具合だ。黒木はゆっくりと車を走らせ神崎に会いにいった。もちろん神崎はもういない。  今日は神崎の七回忌にあたり手を合わせ報告のためだ。 「本部長が亡くなって、もう六年も経つんだな。神崎家のみんなはどうしているのだろうか。奥さんは桜井社長の紹介で介護老人ホーム桜木苑(さくらぎえん)に勤めている。静流さんも拓斗君もきっと成長しただろう。確か拓斗君は当時高校生だったからもう二十歳を越えたはず。そう考えれば早いもんだな」  見覚えのある景色が流れる。車の流れは順調だ。 「この時期であればまだあの庭はいろいろ花が咲いているだろう。きっと奥さんが繋いでいるはず。静流さんも手伝っているのかな。拓斗君は……多分ないな」  一人くすっと笑いが込み上げる黒木。自宅近くの角を曲がると黄色く染まった小高い丘が目の当たりになった。 「いつ来てもすごいな」  黒木は車を止め降り立った。庭先は向日葵の花で埋め尽くされていた。風にゆられる向日葵。そこからこじんまりした家に続く坂道を上った。  玄関まで辿り着くと中はざわざわと騒がしかった。もう悲しみはなかったし笑いも沸き上がっていた。 「ごめんください」 「はぁい、あら黒木さん。ようこそおいで下さいました。いつもすみません。どうぞお上がりください」  神崎の妻、清海が迎えてくれた。中に入り集まった親族に挨拶をした。法事がある度、顔を出させてもらっていた分、顔見知りになっていた。拓斗と静流にも会うことができた。二人ともすっかり大人びていた。そのまま祭壇の前に向かい線香に火を灯した。  七回忌の法要が始まり僧侶の読経が読まれ、その後法話が始まった。黒木はこの僧侶の話を心地よく聞いていた。七回忌は故人も残された人間も一人前になり一人でしっかり歩きはじめる時という。 「ああ、そうなのか。これは俺が本部長から自立する日でもあるんだな」  法要を終えた後、神崎は帰り際にもう一度祭壇に手を合わせ神崎に話しかけた。 「間に合いました。なんとかこの日までに届けたかった。あなたに追い付くことを目標に。夢を持って今日を迎えることが出来ました。この名刺をあなたに届けます」   名刺を祭壇に置いた。名刺には肩書きに『営業本部長』と記されていた。  ──あなたに追い付きましたよ── 〈了〉
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