1人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
「待て! 黒木。ちょっとだけ話を聞いてくれ」
黒木は振り向いた。
「なんですか?」
言葉の無気力さが顔に出ている。
「なぁ。夢を今から一緒に作らないか?」
「えっ、一緒に? 急に何言ってんですか?」
「なぁ黒木。俺の夢には神崎がいた。そしてお前の夢にも神崎がいたんだろ?」
「そうですね」
「だったら俺の夢は今からお前だ。お前を神崎と同じ地位に育てる。それにお前の夢は神崎が死んだからって失くなる理由にはならないだろ?」
桜井が何を言い出したのか理解が追い付かない黒木。
「お前は黒木の意思を充分受け継いでると思うんだよ。あれだけ共に仕事をしてきてあれだけ仕事を叩きこまれたんだからな。それをお前は反発することもなく尊敬し神崎みたいな男になりたいと言った。だったら俺はお前を育てたい。夢が出来ちゃったよ」
「俺なんか足元にも及ばないですよ」
「じゃあ、尚更やり甲斐があるじゃねぇか」
黒木は苦笑いした。
「それにさぁ、黒木お前は夢は消えたって言ったたろ?」
黒木の肩を軽くそして諭すように叩いた。目は優しかった。
「何も神崎はいなくなってお前はあの男をいつでも目指せるじゃないか? あいつはいつまでもお前のここにいるだろ?」
桜井は黒木の胸に拳をあてトントンと打った。
「お前はお前の夢を叶えるために何も臆することはないじゃないか? お前は夢を叶えられる。お前が神崎を忘れない限りな」
桜井は雨が降り続ける空を見た。
「俺はお前を神崎のところまで引き上げる。つまり本部長にすることが俺の新しい夢だ。どうだ、乗らないか?」
桜井に心を突き動かされる黒木。
「そう言えば以前本部長に言われました。お前を俺に肩を並べさせるのが夢だって。確かあれは本部長の自宅で」
黒木は生前の神崎に綺麗で鮮やかに咲き誇る神崎の家の庭で伝えられたことを思い出した。あまりにも鮮やかな風景だったので鮮明に覚えている。
「そうか。だったら話は早い」
「俺たちの夢に神崎も乗っかっちまったな」
桜井はどんどん話を進めていく。
「黒木本部長に俺はお前をする。お前の頑張りが絶対必要だがな」
桜井は笑った。聞きなれず黒木は苦笑いをした。
「突っ走れよ。黒木。お前きっと神崎を越えられるよ」
桜井は力強く宣言した。
「ただしリミットがあるがな。六年だ。うちは中堅企業だか社長の意向で役員も定年制を定めている。俺も今年で五十九歳。うちの役員の定年退職は六十五歳だ。その間に、お前を黒木本部長にする」
桜井はふと思いたった。
「六年後か。六年後と言ったら……」
雨が強くなった。二人の会話は掻き消された。
「これで神崎も巻き込んだな。これは三人の夢だ」
最初のコメントを投稿しよう!