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「まじ、混みすぎだろ。」
「うん…。全然空いてないね。」
さっきから、こんなやり取りが繰り返されている。運転席にいる彼と、助手席にいる私。窓の外には、清々しい程の青空が広がっている。
こんなに、いい天気なのに。いや、こんなにいい天気だからこそ、だ。4月7日、日曜日。桜前線はちょうど、私たちの住む地域にやってきた。
家から車で三十分ほどの距離にある、烏ヶ森公園。私たちはそこに、お花見に行こうとしている。
「うわ、ここもかよ。」
公園内の四つの駐車場のうち、二つ目の駐車場も満車だった。狭い駐車場のなかには、出ようとする車を辛抱強く待っている車もいる。
「ぐるっと回って、反対側にも行ってみようよ。」
この様子だと望みは薄いが、まだ見ていない駐車場が空いている可能性もある。私は軽い口調で言いつつも、内心は祈るような思いだった。
「まあ、別にいいけど…」
彼は乱暴なハンドルさばきで、二つ目の駐車場を出る。機嫌がそのまま運転に反映される彼には、ヒヤヒヤさせられる。
「あ!あそこ空いてない?」
三つ目の駐車場。車がニ列に並んだ真ん中辺りに、ぽっかりと空きがある。
「マジだ。」
彼はアクセルを踏み込んで、一目散に駐車場に入った。ヘッドレストから離していた頭が、弾みでガンっと打ちつけられる。
「あ…、ここ、駐車場じゃないか…」
空いていると思った場所は駐車場ではなく、通路だった。他の部分には引いてある白線が、そこには引かれていない。
「いいんじゃね?ここ停めても。」
そう言いながら、ギアをバックに入れる。ピーッ、ピーッとバックブザーが私のモヤモヤとした気持ちを掻き立てる。
「ふぅ、来るだけで疲れるわ。花見とか。」
駐車を終えた彼は、前を向いたまま言った。
「…そうだね。」
彼の顔が、パッとこちらに向けられたのを感じる。私の視線は、薄く埃のかぶったダッシュボードに張りついている。
「お前が来たいって言ったんだろ?」
「うん。疲れたし、帰ろっか。」
「は?」
「車から十分見た。桜。」
「何言ってんの?」
「だから、もうした。お花見。」
はぁー…と彼が大袈裟なため息をつく。
「あっそ。わかった。」
ガチャガチャとドライブにギアを入れる。急発進の反動で、体がグンッと後ろに動いた。
「ねぇ、ずっと言いたかったんだけど…」
「は、なに?」
「運転荒い。もう私、この車に乗れない。」
「…。」
彼が今、どんな顔をしているのか分からない。ただほんの一瞬だけ、踏みっぱなしのアクセルが緩んだ気がした。
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