第五章 神亡き闇にて

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 * * *  身体に違和を感じる。  声を漏らして、パウは瞼を震えさせた。ようやく目を開くも辺りは薄暗く、ここがどこであるのかわからないし、何があるのかもよく見えない。しかし両腕が広げられた状態で固定され、また身体も直立の体勢にされているのはわかった――マントを奪われ、魔法で壁に磔にされているらしかった。頭を動かせば、自分の背を中心に広がっているのであろう、魔法陣の密やかな輝きが見える。抜け出そうともがくが指先ばかりが動くだけで、身体は固定されたまま、ほとんど動かない。  しかしパウは焦らなかった。魔法には、魔法を、魔力を。自分を拘束する魔法は真後ろにある。目を瞑り、集中し、解除を試みる――。  けれどもすぐに顔を歪めた。魔力がおかしい、頭の奥では鈍い痛み。何かが魔法の行使を完全に遮ってしまっている。  魔法封じの呪い。悔しさに吐息を漏らす。非常に難しい魔法の一つだ、これでは何もできない。  仕方なくパウは、ここがどこであるのか、そして別の脱出方法を探して辺りを見回した。耳を澄ますと、低い地鳴りのような音が聞こえる。おそらく、ここはユニヴェルソ号の一室なのだろう。この巨大な魔力翼船は、いま、大空を飛んでいるようだった。そして目が暗闇に慣れてくると、ここがひどく質素な部屋であることに気が付いた。牢獄よりはましではあるが、似ているように思える。小さなテーブルには水差しとグラスがあった。椅子には自身の紫色のマントがかかっている。  はっとしてパウは目を見開いた。とっさに再び辺りを見回す。  ミラーカは……いない。どうなったのだろうか。逃げ果せたのだろうか。  ――暗闇の向こうから、話し声と闊歩が近づいて来る。 「――それでは、もう一度遺跡を調べてはもらえないか? それから騎士団の監視を続けてくれ。おそらく、どこかに隠したのだと思うけど……」  闊歩が止む。扉の開く音。眩しい光が暗闇に差し込んでくるが、すぐに扉は閉じてしまう。  部屋に入ってきた男が一人。 「死んだと思ったのに、本当に生きていたとは思えなかったよ、パウ。運がいいのか、それとも……」  薄暗い中、ベラーはパウにいつもの微笑みを向けた。愛でるかのような、柔和な笑み。 「……俺もまさか、あの騎士団を利用してるとは思いませんでしたよ。まさかデューの魔術師に扮しているなんて」  パウは苦い顔をして彼を睨んだ。するとベラーはまるで無邪気であるかのように目を細めた。 「彼らを利用した方が、効率がいいからね。私達は、あの蝿化グレゴについて、更に研究しなくてはいけないのだから」 「……不老不死のために? 自分達以外の者を殲滅するために?」  その言葉に、自然と怒りがこもる。  ――信じていたのだ。人々を守るための研究だと。それが非道な不老不死の研究にかかわるものだと知らずに。まだ利用できるかもしれないと、魔術師でない人間や自分達の思想とあわない魔術師を排除する兵器への研究だと知らずに。  芋虫型グレゴを大人しくさせる魔法薬だってそうだった。人々の助けとなるためにそこへ至る鍵穴を見つけ、鍵となる魔法薬を作ったのだ。  それを利用されてしまった。彼らの非道な研究を、大きく一歩、進めさせてしまった。世界に混沌をもたらしてしまった――。 「そう気を立てないでおくれ」  変わらずベラーは微笑んでいる。全てが大したことではないというように。思わずパウはもがいたが、磔の魔法からは抜け出せなかった。  と、ベラーの顔から笑みが消える。品定めするかのようにこちらを見つめ、顎に手を当てる。やがて瞼を下ろせば、溜息を吐いて再び笑みを浮かべた。 「こうして再会できたのだから、話してあげようか。私達の目的を」
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