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それからベラーは少し悩んだのか、間を置いた後で溜息を吐いて、魔力翼船に視線を映した。巨大蠅は、もうその中に運び込まれてしまって、姿が見えなくなっていた。
「……追えばまだ彼を見つけられるかもしれない。しかし……我々は、この巨大蠅について調べなくてはいけない……アーゼ、もし、彼がまたここに来たのなら、もう一度連絡をくれるかい? そして彼がどこかに行かないようにしてほしいのだけれども……彼には、聞きたいことがたくさんあるからね」
「ああ、わかりました! 全くあいつも勝手ですよね!」
にこやかに返事をすれば、ベラーはまた微笑んで魔力翼船へと歩き出す。周囲を見れば、他の魔術師達も船に乗り込み始めていて、また魔力翼船の魔法陣の翼も徐々に光を増していた。どうやらもう、出発するらしい。
うまくいったのだろうか。緊張が解け、アーゼは地面を見つめる。誤魔化せたのだろうか。これでパウは逃げきれるだろうか。
何にせよ、これでベラーは船に乗ってここから立ち去る。それは間違いなく良いことであろう。
そう、肩の力を抜いた時。
「ああ、そうだった」
見つめていた地面に、靴が入り込む。
「落とし物を拾ってね……もしかすると、持ち主が捜しているかもしれないから、預かっておくれ」
はっとして顔を上げると、去ったと思ったはずのベラーがそこにいた。そして差し出したものは、杖。
パウの杖。仕込み杖となっているが、いまは刃が鞘に収まり、杖の形となっている。
喉を絞められたかのようにアーゼは声が出なくなった。そして手も、動かない。
何故、パウの杖をベラーが。
「……それじゃあ、よろしくね」
いつまで経っても動かないアーゼに、ベラーは無理矢理杖を握らせた。その杖を、アーゼは顔を蒼白にして見つめる。
やがて我に返って顔を上げれば、ベラーの姿は魔力翼船の船内へと続くスロープにあった。そこで待っていた魔術師二人に、何か指示を出している。指示を受けた魔術師二人は船内に入らず、何故か降りて滑るように走り去っていく――ナヴィガ・ファート遺跡の方へ消えていく。
そして最後に、ベラーはこちらを見た。
その表情。いままでの笑みとは違い、鋭く細めた瞳。
――全て、わざとだ。
「――待て……!」
やっとアーゼは走り出そうとしたが、その時にはもう、ベラーの姿は船内に消えてしまっていた。スロープが収納され入り口が閉ざされる。魔法陣の翼が鳥の鳴き声のような音を立て強い輝きを放てば、巨大な紡錘形は浮上し始める。
そうして船は、青空に浮かび上がり、その姿は小さくなっていってしまった。周囲の騎士団員達は、これで一仕事終わったといわんばかりに賑わい始める。談笑を始める。だがアーゼは残されたまま、小さくなっていく影を見つめるほかなかった。
どうする。どうするべきか。
恐らくパウは、捕まってしまって。
杖を握りしめる。
一体どうしたらいい――。
「――パウを」
声が聞こえた。
「パウを助けて」
振り返れば、青い蝶がそこで羽ばたいていた。ひどく驚き、アーゼは目を丸くする。
青い蝶、ミラーカは無事だったのか! けれどもその言葉からわかるに。
「パウを助けて」
ミラーカは繰り返す。
「……わかってる」
少し考えた果てに、アーゼは騎士団のテントが並ぶ中を歩き始める。ミラーカはついて来る。
どうするか、なんて。この足で空飛ぶ船を追うことはできない。ならば、船の方からこちらに来てもらえばいいのだ。
そして――真実を伝えなくてはいけない。
急ぐアーゼの足先は、『風切りの春雷』騎士団の隊長のテントを目指していた。
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