第五章 神亡き闇にて

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 * * *  鷹を連れた女はどこに行ったかと尋ねれば、仲間達は森を指さした。ミラーカを連れて、まるで獣のようにアーゼが森の中へ飛び込むと、いくらか進んだ先に、木々の薄い場所が見えてきた。  そこに、あの乱入してきた女はいた。 「おい! お前――」  声をかけようとして、けれどもアーゼは言葉を呑み込む。  ――女は両手を前に伸ばし、その橙色の瞳を輝かせ、目前を見据えていた。  彼女の前、あたかも絨毯のように地面に広がっていたのは、巨大な魔法陣だった。そして中央には鷹がいた。目を瞑り、頭を垂れている。  女の目が、かすかに細くなる。それと同時に魔法陣の輝きも強くなり、どこからか生まれた風が彼女の結った髪を靡かせ、また鷹の羽毛を震わせる。  女の手の前にも、宙に描かれるようにして、大きな魔法陣が一つ生まれる。その魔法陣が輝けば、地面の魔法陣も呼応するかのように更に輝き、ついには直視できないほどになる。アーゼは腕で庇うだけではままならず、顔をもそらした。  その中でもそろそろと顔を上げ目を開けると、激しい光が鷹に巻きついているのが見えた。魔法の光に包まれた鷹は膨らむように大きくなっていく。それは人よりも大きくなり、また前足二本が生え四本足に。爪はより大きくなり、嘴も更に鋭さを増す――。  果てに弾けるように光が散った。破片が空気に溶けるようにして消える中、四本の脚を持つ大きな鳥の獣が雄々しく翼を広げ、どこまでも響くような咆哮を上げる。  アーゼは言葉を失ってしまった。これが魔法。あの鷹が、力強い獣に変身した。  女は一つに結った髪をひらりと獣の背に乗る。と、瞳は鷹のもののままであるその獣が、アーゼに気付いて鋭く見据える。そして魔術師の女も、ようやく振り返った。橙色の瞳に、青色が映る。 「――青い蝶!」 「パウだけが捕まって、こいつは逃げられたみたいなんだ!」  アーゼは説明したものの、次の刹那、女は手を構えたかと思えば水晶一つを放ってきた。驚いたアーゼはとっさにその場から飛び退く。ミラーカもふわりと避ければ、魔力の水晶は地面に刺さって消えた。 「近付くな……お前は何者だ、パウの知り合いと言ってたけど……」  何故攻撃するのかとアーゼが女を見れば、彼女は警戒しているのか、手を構えたままだった。 「俺はアーゼ。この『風切りの春雷』騎士団の一員だ……そいつに乗って空を飛ぶのか? 俺も連れて行ってくれ! あいつを助けないと!」  アーゼは剣を抜かなかった。  女は、しばらくの間何か悩んでいたらしい、長いことアーゼを睨んでいた。やがてミラーカを睥睨する。 「……その正体のわからない青い蝶は何もしてこないか?」  そして獣をアーゼの前まで進めた。 「私はメオリ。連れて行けっていうのなら、早く後ろに乗って。シトラのこの姿でも、急がないと魔力翼船には追いつけないかもしれない」  メオリに言われた通り、アーゼは馬にまたがるようにして、四本足の鳥の獣の背に乗った。ミラーカもついて来て、アーゼの服のポケットの中へ入り込む。それにアーゼは一瞬驚いたが、そこでシトラと呼ばれた獣が嘶き、翼を大きく羽ばたかせた。  四本の足が地面を蹴る。羽ばたき浮上し、空高くへ舞い上がる。そして宙を駆けるように、空を飛んだ。空の風は冷たかった。しかしシトラは温かかった。力強い羽ばたきからは、羽の一枚も落ちることはない。  アーゼが下を見れば、地面は随分と下の方にあった。けれども恐怖心は薄かった。空をこうして飛ぶなんて、初めてのことだったから。  そしてこれならば、あの魔力翼船に、きっと追いつける。 「説明して」  目を輝かせて辺りを見ていると、不意にメオリに言われた。 「何を説明したらいい」 「……全部。お前の知ってることの全部だ。パウは一体何者だ? あの巨大蝿やいかれた魔術師達と何の関係がある? それから……あの青い蝶は、何なんだ?」  なるほど、とアーゼは思う。  ――彼女はきっと、先程までの自分と同じだ。  彼女は続ける。 「まず……パウはいかれた魔術師の仲間ではない、そういうことでいいのか?」 「パウは『遠き日の霜』じゃない。それは間違いない……ただ、騙されて利用されていただけなんだ」  そこでアーゼは間をおいて、言葉を考えて、やがて答えを出した。 「……俺が知ってることは話す。でも……あいつ自身から聞いた方がいい、いや、あいつ自身が話した方がいいこともある。そのことは、あいつから聞いてくれ」
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