第五章 神亡き闇にて

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 * * *  よく晴れた日だった。まるで羽ばたく鳥を愛し祝福するかのように、その日の空も青く澄み渡っていた。  思い返せば、空というのは、地上の惨劇を嘲笑うかのように、そういった日に限っていつも晴れていた。  誰かが言っていた――神は去った。神をなくしたこの世界で、悲劇が起きていることも知らずに。我々は見捨てられたのだ、と。  ……聞こえる声が肌を刺し、胸を貫いていく。 「それで、あの強盗は捕まったのね」 「あの家って、確かまだ十歳にもなっていない子供が一人いたはずだが……」 「魔法の才能がある子でしょう? 魔術文明都市にもう行ったんじゃないの? 殺されたのは、あのお宅の奥さんと旦那さんだけだって聞いたわよ」 「……魔法が使えるのに、クローゼットに隠れていたらしいよ」  大陸西『赤の花弁』地方。栄えていると言うには足りず、かといって田舎とも言い切れないその村。取り柄の一つであった平穏が乱され、人々は集まってはひそひそと会話をしていた。  そのため、村から出て行く小さな人影に、誰も気付かなかった。  ――村に漂う声から逃げたくて、幼いパウは森の中に入る。よく両親に「森は危ないからあまり行かないで」と注意された。けれども注意してくれる人はもう誰もいない。  進んだところで倒木が見えてきた。パウはそこに腰を下ろして俯く。もう声は聞こえない。木々や緑が風に遊ばれる音、鳥の愛を奏でる歌声、獣が家族を探す声だけが聞こえる。  それが、心の隙間に冷たく響く。  村の人の声が耐えられず、ここまで逃げてきたというのに。  思い出したようにパウは嗚咽した。  どうして強盗は自分の家に来た。家なんていくらでもあったではないか。  どうして両親は死ななくてはいけなかった。殺す必要まであったのか。  どうして誰も助けに来てくれなかったのか。両親の悲鳴は、誰にも届かなかったのだろうか。  全て運が悪かった。  そして強盗がその家に子供がいるのに気付かなかったこと、金目のものを探すのにクローゼットを開けなかったことは――運がよかった。  けれども、しかし。  自分が魔法を使えなかったこと。そこに運は何一つ関係ない。  だが魔法を使って強盗と戦えだなんて。  魔法は使えるが、わかってはいないのだ。  悲しみはやるせなさへ変わり、そこから怒りへ燃え上がる。  どうしてこんなことに。  既に捕まったと聞いたものの、あの強盗が憎くて仕方がなかった。ひそひそと話しあう村人達が嘲笑っているかのように思えて苛立ちを覚えた。  何より、何もできなかった自分が、嫌になった。  森の中に幼い少年の声はよく響いた。すると森の生き物達は、あたかも異質が混じったというように黙り込んでしまった。風すらも、まるで腫れものを前にし戸惑うように止む。  ここに居場所はなかった。それでもパウは泣き続ける。  すると、少し離れた場所にあった茂みが揺れて、小さな黒い影が出てきた。にゃあと声を上げる。  黒猫。最近パウに懐いている野良猫だった。普段は村で過ごしているようだったが、どうやら森までついてきたらしい。  猫に気付いてもパウは泣き続ける。いまはどうでもよかった。すると猫は再び鳴く。まるで慰めようとするかのように。
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