第五章 神亡き闇にて

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 * * *  魔術師の青年は、魔法で地面に穴を作れば、黒猫の遺体を埋めてくれた。  全てが終われば、小川で手を洗った。埋める際についた土も、そして猫に触れ殺す際についた血も、綺麗に流れ落ちる。  パウは黙ってそれを見つめていた。やがて青年が立ち上がり微笑んだ。優しい笑みだった。 「すまないね。あんなに血がついていたら、驚いてしまうよね」  あの時のことを改めて謝られる。だがパウは、 「違う」 「ん?」 「猫を……殺させちゃったから……俺が悪いのに……ごめんなさい」  あのままであれば、猫を殺したのは自分となるはずだった。  そうであるのに、青年がその代わりとなった。  見上げれば青年はきょとんとしたような顔をしていた。しかしまた微笑んでくれた。 「君は、とても優しい子なんだね」  彼は川岸の岩に腰を下ろす。 「さてと……ところで君が、パウ、だね?」  まだ名乗ってはいなかったが、何故か名前を知られていた。不思議に思い首を傾げるが、頷いて青年の隣に座った。 「私はベラー」  青年が名乗る。 「君をデューに連れて行くために来たんだ」 「――えっ?」  おかしな話で、パウは困惑し瞳を大きく開く。  ……嫌だと言ったはずなのだ。だから魔術文明都市から人が来るわけがないのだ。  ――魔術師の才能がある者が生まれたのならば、デューで学ばせる。明確に決められたものではないものの、それがフィオロウスのしきたりの一つだった。  魔法とは、人々のためにある。だからこそ才能を持って生まれたのならば、学ばせる必要がある。  ……息子に魔術師の素質があると気付いた両親も、パウをデューに行かせたがった。デューの魔術師達に連絡をし連れて行ってもらい、学ばせようと考えていた。  だがパウはそれを嫌がった。この村を離れるのも、両親と離れるのも、嫌だったのだ。  散々拒否をしたために両親は諦めたと思ったが、どうやら違ったらしい。  ――あなたは人を助けるために生まれてきたのよ。  ――誰かを助ける力があるんだ。  両親の顔を、思い出し俯く。  ――もし。  ――もし自分も才能を受け入れ、魔術師になるのだと心に決めていたのなら。  デューから魔術師が来る前に、自分の持つ力を理解しようとしていたかもしれない。心構えだって違ったかもしれない。  何より。  何より自分の力を理解して使えていたのなら――両親を助けられたかもしれない。  魔法は人々のためにある力。神がいなくなった世界で未来を切り開く人の力。神なき世界で生きていくために、神が人に遺した力とも言われている。 「……ご両親のこと、村で聞いたよ。私が昨日村についていたのなら……助けられたかもしれないね」  何も言えないでいると、自分の考えていることを少し察したのか、ベラーが口を開く。しかし。 「俺がいけないんだ」  膝の上でパウは握り拳を作る。 「俺が、魔法についてわかってたら……父さんも母さんもきっと助けられたんだ……」  両親が死んだのは、強盗のせいではあるだろうけれども。  助けられなかったのは、自分のせいだ。 「パウ」  ベラーが背中をさする。 「……難しく考えなくていいよ。君には確かに魔術師の才能がある。でも一人で学ぶのは難しいし、君はまだ十歳にもなっていないのだろう? 君のせいじゃないよ」  けれども考えてしまうのだ。  顔を上げて、睨むかのようにベラーを見つめる。ベラーは少し驚いたように身を引いたが、それも一瞬で、覗き込もうとするかのように瞳に深い色を湛える。  魔法は、人々のための力。 「俺……魔法をちゃんと学びたい」  誰かを助けるはずの力だった。
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