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「みんなのために、なりたい」
自分には、その力があるのだから。
もうこんな思いをするのは嫌だった。
ベラーは何も言わずにパウを見つめ続けていた。かすかにその目が細くなれば、鋭利に煌めく。
果てに目を瞑り、先程のような笑みを浮かべた。
「……君ならきっと、良い魔術師になれるよ」
立ち上がればベラーはパウへ手を差し伸べる。
「じゃあ、行こうか……まずは村に戻ろうね。村長に君を連れて行くこと、伝えなくてはいけないから」
差し出された手に、小さな手を伸ばす。微笑み合う。
そうしてパウも立ち上がり、手を繋いで歩き出す。
――手が温かかった。
少し強く握ると、握り返してくれる。
――誰かがそこにいてくれた。
足取りが重くなる。
――涙一雫、頬を伝って地面に落ちた。
「パウ?」
異変に気付いたベラーが足を止め、振り返る。パウが涙を流していることに気付くと屈む。
目があった瞬間、耐えられなくなり、パウはぼろぼろと泣き始めた。無意識に声を抑えようとしてしまい、口を固く結ぶ。
どうして急に泣き始めてしまったのか、自分自身でもわからず、混乱し余計に涙が溢れた。胸中で何かが爆発してしまったようだった。
「ああ……いろんなことがあったからね」
ベラーが答えを教えてくれた。服が涙や鼻水で汚れるのも厭わず、そっと抱き寄せてくれた。頭を撫でてくれる。
「大変だったね。君は……寂しかったんだね」
我慢できなくなって、パウは声を漏らし始める。
大変だった。大変だったのだ。両親は死んでしまうし、自分はどうしたらいいかわからないし、黒猫まで殺してしまうし――殺させてしまうし。
自分一人では、何も、どうにもできなかったのだ。
しばらくの間、パウは泣きじゃくった。ベラーは急かすこともなく、涙と嗚咽を受け止めてくれていた。
そしてようやく顔を上げて、深呼吸をして、自身を落ちつけようとする。ベラーはそれも、慈愛の眼差しを向けて見つめていた。
「……ごめんなさい」
何とか涙を拭って、パウは謝った。ベラーは頭を横に振る。
「君は少し、頑張りすぎたんだよ……歩ける?」
こくんと頷けば、ベラーは再び手を差し出してくれた。だからパウはその手を握って、再び歩き出す。
手はやはり温かく、優しく握ってくれていた。離さないでと言わんばかりに強く握れば、また強く握り返してくれる。
「……村に戻ったら、村長のところに行く前に、どこかで休もうか」
ゆっくりでも、歩き出す。
――この人に近付きたい。
ふと、思う。
この人がいい。
「……ベラーさん」
「なんだい、パウ」
「俺は……ベラーさんの弟子になるの? ベラーさんの弟子になって、魔法を学ぶの?」
彼が迎えに来たのだ。パウは泣き腫らした顔でも、目を輝かせて彼を見上げた。しかし。
「いいや、君は私の弟子にはならないよ……デューではまず、他の子供達と共に、魔法の基礎と基本を学ぶんだよ。その後に誰かに弟子入りしたり、個人で魔法を極めたりして、真髄に迫っていくのだよ」
「じゃあ、基礎とか基本が終わったら、俺はベラーさんの弟子になれるの?」
「……私の弟子になりたいのかい?」
どうやらベラーは、自分がそんなことを言い出すとは思っていなかったらしい。彼は思わずといった様子で足を止めると、目を丸くしてこちらを見下ろした。だが苦笑すれば、また歩き出す。森の出口は、もうすぐそこにあった。
「はは……私にはまず、弟子をとる資格がないよ。弟子をとるには、デューからそれなりの魔術師だと認めてもらわなくてはいけないんだ……私はまだ若すぎるから、認めてはもらっていないよ。それに私は、認めてもらったとしても、弟子をとるつもりはないよ……」
「どうして?」
パウの質問に、ベラーは答えてはくれなかった。森の出口を見据えたまま。けれどもその瞳は、遥か彼方を見ているようにも思えた。
彼の片耳で、黄色の耳飾りが揺れて輝いていた。
「そうだなぁ……相当優秀なら、考える、かもしれないね」
――この言葉の意味をパウが知ったのは、デューで魔法を学び始めてしばらくして。
多くの経験を積んだ魔術師や、才能ある魔術師よりも、はるかに優れた魔術師。純度の高い魔法の水晶を作り出す才能を持ち、ついた異名は『穢れ無き黒』。
優秀過ぎる故に、見合った師も、見合った弟子も存在しない――それが彼だった。
しかしこの出会いの日、パウは静かに憧憬を燃やした。
そして才能もあったパウは数年後、ベラーの唯一の弟子となった。
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