第五章 神亡き闇にて

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 * * *  青い蝶はグレゴか、という質問の答えは、パウが言わずとも、そうであるとわかっていた。  グレゴを喰らうことができるのはグレゴのみ。アーゼという青年から、青い蝶が蝿化グレゴを喰らった話は聞いていた。  故にベラーにとって、聞かなくてもよい質問であったが、答えないとどうなるかを教え、じわじわと追い詰めていくには必要なことだった。  答えのわかりきった質問であるが、ベラーの予想した通り、パウは意固地になってすぐには答えなかった。しかし四本目の針を肩に刺そうとしたところで、やっとあれがグレゴであると、震えながら吐いた。  続いて「どこで捕まえたか」と尋ねてみる。あまり重要な質問ではないものの、もし、自分達が持っているグレゴ出没情報の場所であるならば、そこに人を送る手間が省けるからだ。ところが、予想外の回答が返ってきた。 「ち、違う、奴……です……」  六本目で脇腹をつついている時だった。パウの表情は歪んでいて、苦痛の汗が流れている。すでに手や腕、肩に何本か針を刺していて、見える肌は黒色が蝕んでいた。 「……それはどういう意味?」  三つ目の質問。するとパウは我に返ったように口を固く結ぶ。すでに眼鏡が奪われた赤い瞳が、抵抗の炎を再び燃やす。 「パウ、詳しく知りたいな」  だからベラーは六本目の針でもう一度軽く脇腹をつついてみるが、パウは頭を横に振るだけだった。  ――柔らかい肌に黒色を沈める。肉に突き刺す感覚はあるものの、出血はない。与えるのは痛みと「自分の置かれている立場」を突きつける事実。  また一つ悲鳴が上がる。身体が跳ねるものの、魔法による拘束に押さえ込まれる。そしてがくがくと震えながらも、彼は頭をぶんぶんと振る。顔は涙と溢れてしまった唾液でぐちゃぐちゃになり始めていた。  けれどもパウは、この質問にしばらく耐えてみせたのだった。  詳しい話を聞き出せたのは、十本目を刺した後だった。 「ふむ……よく耐えるね、パウ。でもまだこれは沢山あってね」  瓶から新たに一本を取り出す。次はどこに刺すか、と、壁に磔にされているパウを見る。身体を蝕む痛みと、叫び過ぎたこともあり、彼は肩で息をしていた。  一歩近づいて、ベラーは針を握った。 「も……やだ……」  かすかにパウが声を漏らす。 「それじゃあ、教えておくれ」 「う……ぐ……」  言葉は返ってこなかった。ベラーはパウの服の胸ぐらを広げるように開けて、胸の中央に針の先を立てる。  パウの赤い瞳が、恐怖に揺れた。 「やめ……もう……師匠……」  ベラーはもう言葉を返さなかった。ちらりと彼を見るものの、すぐに針の先に視線を向ける。  それが効いたらしい。 「べっ……別の、個体……っ」 「……」 「俺がっ、ひ、一人で勝手に作った、もの、です……!」 「――ほう?」  驚くというよりも、感嘆にベラーは声を漏らしてしまった。  さらに脅したところ、どうやら「青い蝶」は『処分』予定だった芋虫のグレゴを、部屋に持ち帰り密かに研究・実験した上に生まれたものらしかった。興奮のあまり、全て聞き出すのに、また何本か針を使ってしまった。  だが「その資料はどこにあるのか」という質問に、いくら痛めつけてもパウは「事故で失った」と返すだけだった。それでは憶えているかと問えば「憶えていない」と返ってくる。 「本当にっ! 本当に、もうっ、わからないんです! だからっ、もうやめて、ください……!」  いくら尋ねてもその繰り返しで、もう何本目かわからない針を刺した際、パウはついにがくりとうなだれてしまった。ついに痛みで気絶したらしい。 「こら、まだ終わってないよ、パウ。人と話している最中に寝るとは、行儀がいいとは言えないね」  うなだれたパウの額に指を伸ばす。その指先に小さな魔法陣が現れ、とたんにパウがひゅっ、と息を呑んで身体をそって目を開く。再びがくんと身体が震えるものの、パウは恐怖に歪んだ瞳をくるくる動かしていた。  ベラーは片手でパウの顎を掴んで、もう片手に握った針を軽く振る。  聞きたいことは、まだ多くある。 「さあ続けようか」 
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