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またパウが気を失ったものの、ベラーはもう起こそうとは思わなかった。これ以上続けると、精神と魂に、後に残る影響が出てしまうかもしれない。死ぬことはない拷問の方法だったが、壊す可能性はある。
怪我によりすでに魔術師としての腕が落ちてしまっているようだが、精神と魂に治すことのできない影響が出てしまえば、才能は完全に腐ってしまう――なくすには惜しい逸材だった。
「……今日は、ここまでにしようか」
椅子に掛けてかけてあった彼のマントを持ってくる。指を軽く振れば、パウを磔にしていた魔法陣が消え失せた。とたんにパウは崩れるように落ちかけるが、ベラーは素早くその身体を支え、マントで包めばそっと床に座らせた。乱れた彼の髪を整え、ぐちゃぐちゃになった顔を軽く手で拭ってやる。
この魔法道具の効果は明日まで続く。パウは明日になるまで、染みついた痛みに苛まれるのだろう。そしてまた次の拷問で、恐怖と痛みを刻んでいくのだ。
自然とベラーは笑ってしまっていた。自分が思っていた以上に楽しんでいたことに気付き、溜息を吐く。
「まったく……手のかかる弟子だね」
思わず軽く抱き寄せて、頭を撫でた。
――しばらくそうしていると、やがてパウがかすかな声を漏らして身動ぎした。どうやら、意識が戻ってきたらしい。パウを静かにおいてベラーは立ち上がれば、テーブルにあった水差しからグラスに水を注いだ。それをパウの口元へ持っていく。散々叫んで泣いていたのだ、少しずつ、慎重に飲ませる。
かすかに開いた赤い瞳は、まるで微睡んでいるかのようだった。水を与えれば、安心を覚えたかのように閉じる。向かって顔の左側は、目を中心にすっかり黒色が沈み込んでいた。パウは抵抗することなく、与えられるがまま、水を飲んでいく。身体を動かす気力がない以前に、蝕む痛みによって、腕を上げることもままならないのだろう。
けれどもわずかな光を取り戻した瞳は、怯えたようにベラーを見上げる。
「今日は終わりだよ、パウ。大丈夫」
苦笑し、ベラーはよりパウを抱きしめて、その頭を撫でる。パウが呼吸する度に、酷使された喉が弱々しく鳴るのが聞こえた。少しやりすぎたかな、と思うものの、されるがままぐったりと身体を預けてくる様子に、一つの満足を覚える。
「今日はもう休もう……そして明日また、頑張ろうね……明日は、上手に話してほしいな」
優しく囁けば、弟子は言葉にならない声を漏らす。だからベラーは、うんうん、と相槌を打って続けた。
「パウ……君はいい子だから、話せるよね?」
返事はなかった。だた彼は人形のように身体を委ねたままだった。
「パウ、思い出せない、わからないのなら、一つ一つ思い出していけばいいのだよ……私は蝶化グレゴについて知りたい。再現もできることならしたい……協力してくれるかな?」
「――し、しょう」
彼の声はすっかり擦れてしまっていた。まるで迷子になった子供のような声だった。
「パウ、君は私の優秀な弟子」
言い聞かせる。思い出させる。
「できるよね? 私のために、また頑張ってくれるよね?」
「……」
パウは何も答えなかった。ただ縋るように、少しだけすり寄って来たように思えたものだから、ベラーは続ける。
「君が協力してくれたら……私も君に、ひどいことをしなくて済むんだよ。だから、どうか」
けれども。
「……あんたは、もう、師匠じゃ……ない」
痛みで動かせるはずのない手。震えるその彼の手が、ベラーの胸ぐらを掴んでいた。
「俺はもう、あんたには、従わないぞ、ベラー――!」
彼はもう、身体が動かせないはずだった。精神だってひどく疲弊しているはずだった。
しかしそのぎらつく赤い瞳。怒りを燃やした形相。
予想外であり、またひどく懐いていた彼からは想像のできなかった表情で、ベラーは驚きを隠せず瞬きをした。
――直後に轟音がして、衝撃が部屋を襲った。魔法の光が室内を眩しく照らす。
その中でパウの両手が、強くベラーを突き飛ばした。
赤い瞳は変わらず鋭く、意思を燃やしていた。
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