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* * *
このまま考えるのを止めてしまいたかった。
自分を裏切り、また苦痛を与えたのはこの男であるにもかかわらず、こうして抱きしめられ頭を撫でてもらっていると、妙に安心する。
ああ、昔も、こうしてもらったっけ。
――もし、自分が全て喋ったのならば。
師匠の役に立てる? また褒めてくれる?
出会ったあの日、手を繋いで歩いた記憶が浮かび上がる。
……ああ、でも。
――パウ。
声が聞こえる。自分を呼ぶ声が。
美しく、しかし恐ろしいほどに深い青い輝きが、頭の中を満たしていく。
――いま行くわ。
約束した。
彼女と約束したのだ。
自分を救い、罰してくれる、青い光と。
……まるで細い針が外からも内からも突き刺しているかのような痛みがある腕。それでも動かして、目の前の人物の胸ぐらを掴む。
強く。抗うように。
「……あんたは、もう、師匠じゃ……ない」
いつも微笑んでいた。驚いた表情は、珍しく思えた。
「俺はもう、あんたには、従わないぞ、ベラー――!」
その顔に怒鳴ってやる。宣言してやる。
――轟音と衝撃が襲いかかってきたのは、その直後だった。魔法の光が部屋を満たす。乗じるようにして、パウはベラーを突き飛ばした。
魔法の光の中、空の青色が見えた。壁に大きく穴が開いていた。二つの人影が、外から飛び込んでくる。そのうち一つ、剣を手にしたものが叫ぶ。
「パウ!」
アーゼは、壁際でぐったりしているのがパウだと認めると、すぐに駆け寄ってきた。彼はパウの顔や身体に黒色が沈み込んでいるのを見て、顔を歪ませる。と、その後ろから、もう一つの影がやって来て、パウは目を疑った。
「なんだこれは……何の魔法だ……」
メオリ。何故彼女がここに。しかしそこまで考えたところで、思考に靄がかかり始める。
ミラーカの声に一度は意識が覚醒したものの、もう限界が近かった。
「おや、お前か……」
アーゼとメオリの背後で、ベラーが立ち上がる。その姿を認めたとたん、アーゼは険しい表情で剣を構えた。
「よくも俺達を騙したな……! デューの魔術師だなんて、嘘を吐きやがって!」
アーゼは怒りのままに走り出し、ベラーに向かって剣を振るった。しかしベラーの姿は瞬間移動魔法で瞬くように消え、離れた場所に現れる。
「君達は……都合よく動いてくれてよかったよ」
ベラーは手を構えれば、魔法陣を出現させる。
「けれどもまさか、追ってくるとは……君達は用済みだよ。それと、パウを返してくれないか?」
魔法陣が輝き、黒い水晶が放たれる。メオリは顔を青くさせたものの、アーゼは退かなかった。剣を振るって、水晶を叩き落とす――。
ぎぃん、と、断末魔が上がった。それは黒水晶が砕けた音ではなく、アーゼの剣が折れた音だった。
幸い、剣によって軌道がずれたため、黒水晶がアーゼに刺さることはなかった。だが衝撃にアーゼの身体は吹き飛ばされ、壁に背を打ちつける。剣を手放してしまう。跳ねるようにして、そのまま床に倒れ伏す。けれどもすぐに両手をついて身体を起こそうとするが、ベラーはすでに二撃目の魔法を構えていた。魔法陣が広がる。中央に黒い水晶が生まれる。
その時、青い光が宙に飛び出した。
まるで三人の盾になるかのように飛び出したその蝶は、より一層激しい輝きを纏えば、羽の端からどろりと溶け始めた。液状化し始めた羽は、糸のように蝶を包んでいく。
ミラーカは何かしようとしていた。その溶けていく様は、アーゼとメオリに、空にできた花の道が溶けていった様を思い出させた。
しかし間に合わなかった。
光を反射することのない、闇色の水晶が放たれる。その先端が青い蝶を貫いた。
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