第一章 蝶を連れた魔術師

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 空気が急に冷え込む。まるで自分が何か間違いを起こそうとしているようで、アーゼが皆を見れば、皆は目を丸くしてこちらを見ていた。  アーゼは続けた。 「……で、もし蠅の話が嘘で、あいつがココプ村を追い出された奴なら……もうそれで十分だろ? 向こうで何をしでかしたか聞いて、相当やばい奴だったらここから出て行ってもらえば――」 「家に戻りなさい、アーゼ」  言葉を遮ったのは村長だった。虚を衝かれて、アーゼは瞬きをする。  改めて見れば、皆、どこか緊張した顔をしていた。  そうして、やっと、気がついた。  ――知りたくないのだ。もし、本当だったのなら、と思えば。  皆、怯えている。 「わしは長く生きてきたが……巨大な蠅なんて、聞いたことがない。ましてや、村を壊滅させ、人をあそこまで追い込むものなんて」  村長は、諭すような柔らかな笑みを浮かべた。 「……だからアーゼ、余計なことはしなくていい。大人しくしていなさい」  そうして皆、神妙な表情を浮かべるのだった。それ以上は、何も言わないで。  ――誰も「そんなのは嘘だ」と笑い飛ばさないのには、理由があった。  ここ数日、森の動物達の様子がおかしかったのだ。妙に大人しく、潜んでいて、怯えている。  この動物達の異変と、巨大蠅の話、無関係とは思えなかったのだ。 「……いいや、行ってくるぜ」  アーゼは腕を組んだ。  可能性がないわけではないのだ。 「嘘ならそれでいい。本当なら――この村だって襲われる可能性があるんだ、その前に、仕留めないと」 「――そうやってお前の父も死んだんだぞ」  と。 「大人しくしてるべきだ、アーゼ、無理はするもんじゃない。それに、変に刺激するもんじゃない」  そう、猟師が溜息を吐いた。反射的に、アーゼは彼を睨みつけた。 「……あの時親父が村を守ろうとしてなかったら、どうなってた?」  そうして、アーゼは背を向けると、扉へ向かっていった。 「……俺一人でも確かめに行く。もし本当にいたのなら、退治しないと」 「待て、アーゼ! 危険だ、大人しくしているべきだ――」  村長が椅子から立ち上がる。けれどもアーゼは振り返らなかった。扉を開ければ部屋の外へ。そして玄関へ向かい、家の外へ。  ばたん、と乱暴に扉は閉められた。
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