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アーゼが外に出ると、そこに集まっていた村人の何人かが、あたかも腫れ物を前にしたようにそそくさと離れていった。その光景に、アーゼは一瞬ぎょっとしてしまったものの、深く溜息を吐く。
そして去らずに残っていた村人達は、アーゼの元に集まってくる。
「アーゼ、大丈夫かい?」
老婆が尋ねてくる。続いて、赤ん坊を抱いた婦人も。
「無茶をするものじゃないわ……あなたが戦うと言ってくれて、嬉しいけど……もし本当に大きな蠅がいるのなら、危険だわ。ココプ村は、この村よりも大きくて、戦うことも得意だったみたいだし……そんな村が……だから」
どうやら、話は外に漏れていたらしい。広場を走り回り始めた子供達が「蠅だって! 大きな蠅! アーゼお兄ちゃんが見に行くって!」「俺も見に行くー!」「潰しちゃえー!」と騒いでいた。
「……アーゼ、蠅の話が本当だったのなら、一人で行くのは危ないよ」
そう一歩前に出たのは、同い年の青年だった。
彼は、だから自分も一緒に行く、とは言わない。
「……この村で剣を使えるのは、君だけ。戦えるのは君だけで、度胸があるのも君だけだ。でも……危ないことはしないほうがいいよ、嘘かもしれないなら、そう思って、それでいいじゃないか」
「そうだよなぁ、だいたい……人を食うでかい蠅かぁ……妙な話だよな」
と、別の青年が言い、それで全てが終わったというように、その場から去っていく。農具を手にしたままここに来たらしい彼は、畑仕事に戻っていくのだろう。
徐々に村人達は戻っていく。それぞれの仕事へ。それぞれの家に。
「……アーゼ、村を守りたい気持ちはわかります。あなたのお父様がそうだったのですから」
最後に、医者が。
「けれども、家に戻るべきでしょう……きっと、お母様が心配しているでしょうから」
思い浮かんだのは、せっせと畑の世話をする母親の姿だった。
だが、医者が戻っていった病院に、隣村から逃げてきたという男は、確かにいるのだ。巨大な蠅に襲われ、村を失い、仲間も食われてしまったと言った男が。
気付けば、広場はいつも通りに戻っていた。子供達が走り回り、隅では女達が世間話をしている。まさに穏やかな光景。
もう一度、アーゼは溜息を吐いた。
――例の巨大な蠅は、人を食うというのだ。
それならば、次に狙われるとしたら、すぐ近くにあるこの村に間違いないだろう。
倒さなくては。握り拳に力が入る。
――しかし。
……村人が言った通り、ココプ村というのは、このロッサ村よりも大きく、盗賊や害獣と戦うのも、この村より長けている村のはずなのだ。
そんな村を壊滅させた敵と、一人渡り合うなんて。
腕に自信がないわけではなかった。だが。
……それでも、行くしかないのだ。
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