16人が本棚に入れています
本棚に追加
そうしてアーゼも、広場から歩き出す。旅の準備をするために。剣を取りにいくために。
その時だった。
「――お前、なかなか無謀な奴だな」
聞き慣れない声だった。
顔を上げると――普段と何も変わらないと思っていた広場の隅の柵、そこに、紫色のマントを身に纏った影が、そこにあった。
歳は自分と同じくらいだろうか。髪は黒色。顔の右半分はその黒髪ですっかり隠れてしまっている。眼鏡をかけていて、見える片目は赤く、鋭い。そして片手には補助の杖。
そこにいたのは、間違いなく村人ではない青年だった。驚いてアーゼは、しばらく身構えて彼を見つめていた。やがて、我に返って。
「あんた……旅の人か? 珍しいな、こんな田舎に……」
いまはそんな話をしている場合ではないのだが。紫のマントの青年は尋ねてくる。
「で? お前、隣の村まで行くのか?」
どうやら彼も、他の村人達と同じように話を聞いていたようだ。
「……ああそうだ……旅の人、悪いけど……話を聞いていたのなら、いまこの村にいない方がいいかもしれないぞ」
そうアーゼは忠告した。だがその青年は、柵に寄りかかっていた身体を起こせば、杖で地面をとんとついた。
一匹の青い蝶が、彼の周りを舞った。それは見たこともないほど美しい蝶で、思わずアーゼは目を見張った。きらりと光を返す、神秘的な青。
「俺は、そのでかい蠅がこの辺りに出るって聞いて、ここまで来たんだ。ちょうどよかった」
蝶は、青年の肩に花弁のようにとまる。
「隣村に行くっていうのなら、連れてってくれ。俺はパウ。頼んだぞ」
「連れていってくれって……」
仲間が増えてくれるのは嬉しいが、アーゼは苦い顔をするほかなかった。
何せ、相手は突然現れた謎の旅人で――蠅は凶悪だというのに、パウと名乗ったその青年は、どう見ても戦いが得意であるようには見えない。身体は細く、武器を持っているようにも見えない。
「あんた何者だよ……」
そう、怪訝な顔をした時だった。
パウの片耳にある耳飾りに気付いたのは。
それは、まるで蜜を固めて作ったかのような黄色の宝石の耳飾り。よく晴れた今日、日の光に、きらりと輝いた。
アーゼは息を呑んだ。
「お前……まさか『千華の光』なのか?」
最初のコメントを投稿しよう!