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フィオロウス国は六つの地方に分けられる。
まずは東西南北。東の『青の花弁』、西の『赤の花弁』、南の『緑の花弁』、北の『白の花弁』。
そして大陸の中央部分は『黄の蜜』と呼ばれ――大陸から南東に離れた場所、そこに浮かぶ島を中心とした地方『虹の風』がある。
『虹の風』地方。またの名は――魔術文明都市地方。
その別名の通り『虹の風』地方には、デューと呼ばれる魔術文明都市がある。
魔術の才がある者は、皆そこで、魔法の扱い方を学ぶのだという。そして人々のための魔術師として成長する。
そのごく一部。実力もあり功績もある魔術師は、デューから認められ、称号とその称号を示す耳飾りが、与えられるのだという。
それが『千華の光』と呼ばれる魔術師だった。
――そんな魔術師が、この村に。
信じられなかったものの、確かにあの耳飾りは、かつて本で見たものと、全く同じだった。
あの『千華の光』が、村に来たのだ!
家に着くなり、アーゼはどたどたと自室へ向かった。さっと旅の支度をする。適当な道具、必要なものを簡単にまとめる。
ココプ村は、そう遠くはない。はっきり言って、水さえあれば問題はない距離だ。けれども、念のため食料もいれておく。何があるか、わからないのだから。
最後に。
「……」
壁に掛けてあった剣と、対峙する。鞘に入ったまま、あたかも眠るかのようにそこにある剣。父親が遺したもの。
――村を守るために、剣を振るった。そして死んだ。
「……大丈夫だ」
アーゼは剣を手に取った。腰に身につける。
「今度は俺が、村を、みんなを、守るから……」
剣は、思ったよりも重たく感じられた。
「アーゼ」
と、名前を呼ばれて振り返れば、開け放ったままだった扉に、母親の姿があった。艶の少ない長い金髪を緩く結んでいる。色あせたワンピースは土に汚れていた。
「みんなから話を聞いたわ、アーゼ……本当に、ココプに行くつもりなの?」
母親は眉を寄せて、祈るかのように両手を胸の前で組んだ。
「もし、本当に大きな蠅がいたら……」
「本当にいたら大変だから、行くんだ」
アーゼは母親の前に立つ。
「でも、一人で行くんでしょう? 危ないわ、母さんは、不安だわ」
「……いいや、一人じゃない。『千華の光』の魔術師が一緒に行くことになったんだ!」
「……『千華の光』?」
そう、あの『千華の光』が共に行くのだ。
「ああ、ちょうど今日、この村に着いた旅の人で……だから、大丈夫!」
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