第一章 蝶を連れた魔術師

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 * * *  フィオロウス国は六つの地方に分けられる。  まずは東西南北。東の『青の花弁』、西の『赤の花弁』、南の『緑の花弁』、北の『白の花弁』。  そして大陸の中央部分は『黄の蜜』と呼ばれ――大陸から南東に離れた場所、そこに浮かぶ島を中心とした地方『虹の風』がある。  『虹の風』地方。またの名は――魔術文明都市地方。  その別名の通り『虹の風』地方には、デューと呼ばれる魔術文明都市がある。  魔術の才がある者は、皆そこで、魔法の扱い方を学ぶのだという。そして人々のための魔術師として成長する。  そのごく一部。実力もあり功績もある魔術師は、デューから認められ、称号とその称号を示す耳飾りが、与えられるのだという。  それが『千華(せんか)(ひかり)』と呼ばれる魔術師だった。  ――そんな魔術師が、この村に。  信じられなかったものの、確かにあの耳飾りは、かつて本で見たものと、全く同じだった。  あの『千華の光』が、村に来たのだ!  家に着くなり、アーゼはどたどたと自室へ向かった。さっと旅の支度をする。適当な道具、必要なものを簡単にまとめる。  ココプ村は、そう遠くはない。はっきり言って、水さえあれば問題はない距離だ。けれども、念のため食料もいれておく。何があるか、わからないのだから。  最後に。 「……」  壁に掛けてあった剣と、対峙する。鞘に入ったまま、あたかも眠るかのようにそこにある剣。父親が遺したもの。  ――村を守るために、剣を振るった。そして死んだ。 「……大丈夫だ」  アーゼは剣を手に取った。腰に身につける。 「今度は俺が、村を、みんなを、守るから……」  剣は、思ったよりも重たく感じられた。 「アーゼ」  と、名前を呼ばれて振り返れば、開け放ったままだった扉に、母親の姿があった。艶の少ない長い金髪を緩く結んでいる。色あせたワンピースは土に汚れていた。 「みんなから話を聞いたわ、アーゼ……本当に、ココプに行くつもりなの?」  母親は眉を寄せて、祈るかのように両手を胸の前で組んだ。 「もし、本当に大きな蠅がいたら……」 「本当にいたら大変だから、行くんだ」  アーゼは母親の前に立つ。 「でも、一人で行くんでしょう? 危ないわ、母さんは、不安だわ」 「……いいや、一人じゃない。『千華の光』の魔術師が一緒に行くことになったんだ!」 「……『千華の光』?」  そう、あの『千華の光』が共に行くのだ。 「ああ、ちょうど今日、この村に着いた旅の人で……だから、大丈夫!」
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