小さな豆桜と銀色の土地神の溺愛

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小さな豆桜と銀色の土地神の溺愛

     豆は、豆桜の精である。本来なら、もう少し南にある土地神様に嫁ぐ筈であったが、花圃(カホ)にある花屋敷でお逢いした、北の地方の土地神様を一目見て好きになってしまった。  組紐で結った銀色の長い髪と白い肌。そして、寂しそうな表情が気になった。気になると思ったらもう駄目だった。  その土地神様が花屋敷にいらっしゃる度、仕事の隙を見ては、胸を高鳴らせながらお姿を目に焼き付ける。  年頃で嫁ぎ先を探している霞桜姉さんには、豆はまだ小さい、豆ではあんな寒い所で花を咲かせられないと全力で反対されたが、豆は聞かなかった。  「お嫁にしてくださいっ! 」  まだ四つ身の着物を着ている花の精の突然の求婚に、冬の国の土地神様は驚いて目をまるくしていた。  「豆はまだ、姉さん達みたいにお料理もお掃除も上手じゃないけど、でも一生懸命に練習します。土地神様のために、いっぱい花も咲かせます! 」  胸の前で両手を組み、お願いする。  すると、冬の国の土地神の隣りで呑んでいた以南の土地神がハハハッと笑った。  「こりゃまた驚いたなぁ。フユの、どうするよ? 可愛い桜ちゃんからの求婚だぞ? 」  冬の国の土地神は黙っている。  「大神さんも、フユのには、いい加減身を固めろと言っているが、小さいのは別にしても、『桜』では、なぁ 」  豆は、グッと口唇を噛み締めた。豆では、冬の国の土地神様の嫁にはなれないと、以南の土地神様は言ったのだ。視界が曇る。俯いた豆の大きな瞳から、ぽろっと涙が零れた。  すると、「弱ったなぁ、俺が泣かせたみたいじゃないか 」以南の土地神がため息を吐いた。  「それじゃあ、小さい桜ちゃん。俺の嫁にならないかい? 」  豆が顔を上げると、以南の土地神がニコニコと笑って豆を見ていた。  「ウチなら、他の花の嫁も、桜の嫁も沢山いるし、花を沢山咲かせることもできるよ? ウチにおいでよ 」  皆、南の地方の土地神様に嫁ぎたいと思っている。花の精なら誰も皆、自分の花を咲かせたいと思っているから。だから、南の地方の土地神様なら、誰でもいいと言う者までいた。  以南の土地神の申し出は、冗談でも豆には勿体無い話だとは分かっている。  だけど、豆は首を横に振った。  「い、やです。まめ、は、冬のっ、ヒック、とちがみっ、さま……ック、が、すき……ッ、なのです 」  しゃくり上げながら答えると、「豆っ 」と霞桜の姉さんが走って来た。そして、土地神達に「申し訳ありませんっ! 」と頭を下げる。    「この子はまだ幼くて、何も分かってはいないのです!この子の嫁ぎ先は、相応しい場所を大神様が決めてくださる筈ですので、どうかこの子の言ったことはお気になさらずよう。ほらっ、アンタもっ!」  霞桜の精に頭を押さえられて、豆も一緒に謝る姿勢となる。涙が止まらない。  その時だった。  「本当に、俺がいいんだな? 」    涼やかな低い声が聞こえた。びっくりして、声のする方を見ると、冬の国の土地神様がこちらに近付いて来て、豆の前で止まった。  「……はい 」  金色の瞳で見つめられて、心臓が止まりそうになる。    「俺と来るか? 」  頷く豆に、冬の国の土地神が手を差し出す。豆は躊躇わずにその手を取った。  「後で後悔してもしらんぞ? 」  「しないです 」    冬の国の土地神が、ふっと微笑った気がした。その直後、ぐっと腕を引かれて抱き上げられる。    「……では、貰うとしよう 」  「とっ、土地神さまっ?! 」  背の高い、冬の国の土地神に肩まで持ち上げられて、豆は怖くなった。  「何をなさるのですっ?! お戯れはおよし下さい! 」  冬の国の土地神が、霞桜の精を見下ろす。土地神の威厳に霞桜の精は、ビクッと体を震わせた。  「俺は、この子を貰うと言った。聞こえなかったか? 」  「聞きましたが、そんな、大神様の許可もなく勝手なことは…… 」  「大神には後で言っておく。俺が嫁を貰い受けると言っているのだ、駄目だとは言うまい 」  そう言うと、自分の席には戻らずに、大きく外に張り出した濡れ縁へと向かう。  「おいっ、フユの。お前、本気か? 」  以南の土地神に呼び止められて、冬の国の土地神が振り向いた。そして、その場にいる者全てに聞こえるように言う。  「俺はこの、豆桜の精をただ一人の嫁とすることに決めた。五年後の花見の会を楽しみにしていてくれ 」  その宣言に、場が沸く。  大きな土地の土地神も、小さな土地の土地神も、南も北も関係無く、豆と冬の国の土地神を囃し立てるが、そんな事は気にもしない素振りで、冬の国の土地神は豆を抱いたまま、濡れ縁から空へと飛び立った。  冬の国の土地神様が治める土地は、豆が想像する以上に寒かった。  花圃(カホ)は、花の精にとっての大地のようなもの。土の中の様に、ふくふくと暖かい花屋敷と違い、吹き荒ぶ雪の中に建つ冬の国の土地神の屋敷。  中に入ると、震える豆の髪に付いた雪を、土地神が節高の長い指で払ってくれる。  すると奥から、「まぁまぁまぁ……」と初老の婦人が駆けて出て来た。  「お帰りなさいませ、フユ様。この女の子は? 」  「オオバ、これは豆だ。俺の嫁だ 」  「お嫁様、ですか? 」  「豆、オオバだ。ウチの屋敷を取り仕切ってくれている 」    豆は慌てて、挨拶をした。  「まっ、豆と申します。冬の国の土地神様のお嫁になりにきました。よろしくお願いします! 」  まだ、冬の国の土地神に抱かれている豆を、オオバと呼ばれた婦人は怪訝そうに見る。  豆でも、これは格好がつかないと分かるのに、土地神は何故か下へ下ろしてはくれない。  「お嫁様、にしては随分とお小さいかと 」  「正式に嫁にするのは、五年後の花見でだ。だが、どうしても手元に置きたくて連れてきてしまった 」  「まぁ! フユ様が? 」  オオバは凄く驚いた表情をしたが、土地神の気持ちを全て理解したように頷く。  「分かりました。ここから、私が豆様を仕込むということでございますね 」  「あぁ、よろしく頼む 」  「フユ様のお嫁様ですからね。花屋敷のお花様達に引けを取らないように、しっかりとお育て致しますよ 」  フンッとオオバが鼻息を荒くしたように見えたのは、気のせいだろうか。  ふと気付くと、土地神が雪解けのような微笑みで豆を見ている。綺麗な顔を直視出来なくて、豆は真っ赤に頬を染めて俯いてしまった。  オオバだけではなく、集まってきた屋敷の者達もそんな豆を微笑みながら見ていた。  
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