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三年後ーーー。
タタタッと長い廊下を雑巾掛けする。冬の国にもうすぐ短い春がやってくる。
とはいえ、空気はまだ冷たくて、豆は悴んだ手にハァッと息を掛けた。
まだ、豆の花は咲かない。ここに来てから随分と背も伸びたのだし、順調に成長しているのだから焦る必要はないとオオバさんは言う。ゆっくり大きくなりなさいと、フユ様も言う。
だけど、豆は一日も早く花を咲かせたかった。
パシャンと桶に雑巾を付ける。水は氷水みたいに冷たかったが、両手でゴシゴシと雑巾を洗う。ギュッと絞ろうとしたが、指先に感覚が無くなって上手く絞れない。
うんうんと唸っていると、するりと後ろから逞しい腕が伸びてきた。
「フユ様っ?! 」
「俺の豆は朝から働き者だね 」
そう言って、豆の手から雑巾を取ると、いとも簡単に固く絞る。
「はい 」
背中の温かな体温と、耳元で聞こえる土地神の優しく艶のある低い声。
心臓がドキドキして苦しい。
受け取りながら、「あ、りがとうございます 」と豆はやっと答えた。
けれど、渡される時に触れた手が豆の手を全部包むから、折角絞って貰った雑巾が桶に落ちてしまった。
「あっ、フユ様?! 」
「冷たいね、豆 」
後ろから抱き締められる形となって、心臓がドキドキどころではなく、バクバクと激しく鳴り出す。
フユが悴んだ指に、ハァーと温かい息をかけた。顔の直ぐ横に、フユの整った顔があって、豆の心臓は壊れてしまいそうだった。
「あの、フユ様 」
「ん、どうした?豆 」
サラリと銀色の髪が、豆にかかる。綺麗な、綺麗な金色の瞳。うっとりと見つめ返せば、フユの瞳が揺れた気がした。
引き寄せられる様に近付く口唇。
けれど、ぎゅっと瞳を瞑ったら、優しい温もりが豆から離れていったのが分かった。
「フユ、さま? 」
「さて、今日は少し遠い所まで行かないとな 」
立ち上がったフユが、豆に背を向ける。一瞬で、火照った体が冷たくなるのを感じた。
少しでも期待してしまった自分が恥ずかしい。フユ様は私のはしたなさに気付いて、呆れてしまったのだろうか。
ズキンと胸の奥が軋んで痛い。
「はい。お気を付けて行って来てくださいね 」
豆はやっとのことで、それだけを答えたのだった。
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