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それから数年、ニーナの身体は普通に生活することすら困難なほどに衰えてしまっていた。手足に力が入らず、ものの数分しか立っていられない。目はかすみ、近くのものでもアレンの介助がなければ掴み損ねてしまう。味覚もほとんどない。
大好きな料理を最後に作ったのは、一体いつのことだっただろう。
「ねぇ、お兄ちゃん」
とある年の冬。打ち付けるような厳しい寒さだったその日、ニーナは静かに切り出した。
「もう、私が自由に動ける時間は、そう長くない。自分のことだから、自分で分かるの。だからね、本当に動けなくなる前に、一度だけでいい、宮廷の人たちに、料理を振る舞わせてほしいの。
いつもお兄ちゃんがお世話になっている、皆さんに、私の料理を……」
「だ、だけどニーナ」
「ね、お願い。お兄ちゃん」
「……分かった。王様にお願いしてみるよ」
翌日。このことを伝え聞いた王様は申し出を快諾し、晩餐会の開催を決定した。一日だけとはいえ、ニーナの宮廷料理人になるという夢が叶うのだ。
しかし喜ぶべきこの状況にアレンの心は晴れなかった。なんなら本当は、王様が断ってくれれば良かったのにとさえ思っていた。
なぜなら、ニーナがもうほとんどまともに料理を作れないことをアレンは知っていた。
そしてこの国において嘘は重罪。ニーナが作った料理の味について感想を求めれば、皆は「誠実に」答えるしかない。
もしそうなれば、ニーナはどれほど胸を痛めるだろう……
アレンはその日が来ないことを神に祈った。
だけど神はどこまでも残酷だった。ニーナの夢が叶い、そして終わる日は、あっという間にやってきた。
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