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「美味しい……とても、美味しいよ。ニーナ」
王様の眉がピクリと動き、衛兵たちは青ざめた。
それは誰が聞いてもすぐに分かる、偽りの感想だった。嘘だ。アレンは、嘘をついたのだ。
そして何度も言うとおり、その国で嘘を吐いた者は情状酌量の余地なく極刑。
衛兵の一人、サムスが身振り手振りで前言撤回するようアレンに求めた。しかしすでに覚悟を固めたアレンはもう一度「美味しいよ」とニーナに微笑みかけた。
アレンは思ったのだ。今、ここで真実を言って妹を傷付けるような兄の、どこが誠実なものか。そんなことするぐらいなら死んだ方がマシだ! と。
「そうか。そんなに美味しいのか」
王様は玉座からのそりと立ち上がり、ニーナの出した皿の前へと歩み寄った。
自身の口で味を確かめるつもりなのだと、衛兵たちは悟った。そうしてアレンの嘘を暴き、極刑に処すつもりに違いない。
場の空気を察知したのか幾分緊張した面持ちのニーナと向き合い、王様が料理を口に放り込んだ。もう終わりだと目をつぶる衛兵たち。アレンも、表面上は毅然とした態度を保ちながら、その足は立っているのがやっとなほどに震えていた。
数回の咀嚼の後、「ほう」と王様は口を開いた。
「確かに、アレンの言うとおり絶品ではないか。これほど美味しい料理は生まれて初めて食べたぞ」
「ほ、本当ですか!」
「あぁ。嘘を吐かない私が言うのだから、間違いない。素晴らしい腕であったぞ。ニーナよ」
満面の笑みでなんでもないことのように、それでいて耳が遠いニーナにも聞こえるようハッキリした口調で王様は言い切った。ニーナは喜び、一方、アレンと他の衛兵たちは驚き、言葉を失った。
あの王様が嘘を吐いた。世界で一番誠実な王が初めて吐いた嘘。それが意味するところはつまり……
衛兵たちは一斉にニーナの料理の元へと群がり、我先にと食べ始めた。
「美味しい! ニーナの料理はこの国一番だ!」
「ずっと食べてみたいと思ってたんだ! やっぱり、思ったとおり最高!」
「美味しい料理をありがとう、ニーナ!」
今日この場に限っては、嘘を吐いてもいい。
王様の意図を理解した面々は、思い思いにニーナに向けて優しい嘘を重ねてゆく。
彼らはこの時初めて知った。「悪だ」と否定されない嘘もあることを。そして、本当の誠実さとはどういうものなのかを。
「良かった……本当に、良かった……」
喜びの涙を流しながら崩れ落ちるニーナの身体を、アレンはそっと受け止めた。アレンもまた、神と王様に感謝し、喜びの涙を流していた。ニーナが病に伏して以来、二人が喜びを覚えたのは初めてのことだった。
そんな二人を、王様はいつまでも満足そうに眺めていた。
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