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 ピンポーン  俺は、伊吹の家のチャイムを押していた。 伊吹好みのモデルに扮した俺を見て、伊吹はどんな反応をするのだろうか。 早く驚かせたいと、勇んで出てきたものの、少し不安になってきた。 何やってんだって大笑いしてくれれば本望だけど。 伊吹が玄関のドアを開けるのを待つ時間が、いつも以上に長く感じた……。  チャイムを押してから、どれだけ時間が経ったのか。 多分まだ一、二分しか経っていないのだと思う。 しかし、俺には十分くらい経っている気がして、もうエイプリルフールの悪戯なんてバカな事はやめてとっとと家に帰ろう、という気持ちになってしまっていた。 俺が自分の家に引き返そうとしたその時、伊吹の家の玄関のドアが開いた。 「はい?」  黒のスウェットの上下で休日モードの伊吹が、ドアを開けながらそう言った。 俺は、慌てて計画していた通りの行動に出た。 「こ、こんにちは〜!」  姉ちゃんから可愛い言い方を教わり、実践してみるがどうなんだ? これ……。 絶対不審がられてるだろ。 俺は、伊吹の反応を恐々眺めた。 すると、伊吹は急に怒ったような顔で俺の手首を掴んだ。  (えっ? ちょ、どうした? 伊吹?)  伊吹は、掴んだ俺の手首を自分のほうに引っ張り、俺を家の中に無理矢理押し込んだ。 押し込まれた俺は、何が起きているのかさっぱりわからなかった。 すると、伊吹は後ろ手に家の鍵を閉めた。  (もしかして、バレてる? うわ、怒らせた?)  俺は、全て白状して伊吹に謝ろうとした。 「あ、あの、ごめ……」  ギュッ  最後まで謝る前に、伊吹に抱きしめられる。 そして、有無を言わせず伊吹が俺の唇を奪った。 「んっ……」  いつもの優しい伊吹とは違い、そこには俺が見たことがない伊吹がいた。 頭がクラクラしてどうかなりそうだ。 俺は、されるがままに伊吹にキスされていたがようやく我に返った。 そして、両手で伊吹の身体を押すと伊吹はやっと俺を解放して言った。 「エイプリルフールの悪戯にしては度が過ぎてないか?『翔』?」  (こいつ、やっぱり俺のことわかってて!) 「お前! フェイントだろ!」 「騙そうとした翔が悪い」 「そ、それはそうだけど……」  言い淀む俺を見て、伊吹が意地悪そうに笑った。 「サッカーでもよくお前、フェイント食らってるだろ? 翔の欠点なんだよ」 「うっ……」  伊吹に痛いところをつかれて、俺は何も言えなくなってしまった。 そんな俺を見て、伊吹がなぜか嬉しそうに微笑んで言った。 「でも……エイプリルフールのおかげでもう遠慮しなくて済むな」 「は?」 「俺は、昔から翔のことしか見てない。これからもずっと」  伊吹は、真剣な目をして俺を見つめた。 「伊吹、お前も俺を騙す気かよ」 「残念だったな、翔。もう昼はとっくに過ぎてる。エイプリルフールの嘘は午前中まで、だろ?」  そう言って綺麗な顔で笑う伊吹から、俺はまた目が離せなくなる。 そして、再び近づいてきた伊吹に奪われる前に、俺はそっと目を閉じた……。 完
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