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平穏と衝撃
アイツのことさえ意識から外して仕舞えば、毎日は平穏に過ぎていった。
授業は楽しく、将来への夢が確実に手に入るという希望で、レポートにも講義にも集中できた。
部活のバスケットも、先輩達の活躍もありインカレへの出場も視野に入れての練習は激しいなりにも楽しかった。
部活後の筋トレも終わった後の食事会も、他の部活との飲み会と称する合コンももれなく参加した。
アルコールは禁止でも、それらしい飲み物で座を盛り上げながら、深夜まで飲み食いしそのままダーツバーやビリヤードへ傾れ込む。
明け方近くに自宅へ帰り、翌日は一日中寝て過ごす休日も大学生の醍醐味だと思えば新鮮だった。
隣に住んでいるとは言え、顔を合わすこともなく、授業中も気にすることなく過ごせた。
6月に入り、学生生活にも慣れ部活の練習後に部員達と食事を済ませ帰宅すると、隣の部屋のドアの前で蹲る男の姿があった。
放っておくわけにもいかず、彼のそばまで行くと顔を伏せたアイツの肩が震えていた。
「布木!どうしたんだ?なんかあったのか?」
顔を上げることも、動く様子もなくドアを背に膝を抱えて泣いていた。
隣に座り肩に手を掛け、尚も呼びかける。
「布木、どうしたんだ?」
「・・・・・襲われた・・・・・」
少しだけ身じろぎ、小さな声で呟くよう言われた言葉に一瞬思考が停止する。
「襲われた?」
咄嗟に彼を抱え上げ自分の部屋のドアを開けた。
靴を脱ぐのももどかしく、リビングへ向かうとソファに座らせた。
俯いた顔を上げることなく、喉の奥から嗚咽を上げる。
震える身体を両手で抱きしめ、なんとか落ち着かせようと必死だった。
身体を硬くしガタガタと震えていた身体から、やがて力が抜けぐったりともたれかかってきた。
布木の気持ちが落ち着きを取り戻したのは、それから1時間ぐらい経った頃だった。
「廣畑君・・・・・」
「何があった?言ってみろ」
「・・・・・食事して帰ってくる途中、男が二人着いてきて・・・・・一人の男が抱きついてきた」
「それで?」
「もう一人が・・・・・脚を掴んで・・・・・」
喉を引き攣らせながら、少しずつ話す内容はこうだった・・・・・
二人の酔った男は一人が上半身を抱え、もう片方が脚を持ち、布木を連れ誘うとした。
その時脚を持った男が、ふらつき倒れそうになって手を離した。
その隙に上半身を抱えた男に蹴りを入れて怯んだとこで、走って逃げてきた・・・・・と言うものだった。
相手が酔っていたから良かったものの、もしそうでは無かったら・・・・・今頃は・・・・・
そう考えると無性に腹が立った。
男二人が男を襲う、もしそのまま逃げ出さなかったら・・・・・二人の男は布木をどうするつもりだったのだろう。
布木は顔を上げて俺を見た。
怯えて引き攣った顔はまだ固まったままだった・・・・・悲しげな眼差しが自分を見つめていた。
自分は何を言えばいいのか、彼を安心させるためにはどうすればいいのか、それがわからなかくてもどかしかった。
とりあえず、実害が無かったことで安心はしたものの、怯えた布木を見ていると急に胸の中に何とも言えない気持ちが沸き上がっていた。
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