溶ける想い

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溶ける想い

並んで座った髪の匂いに酔ったような不思議な感覚と、ふんわりと耳に吹き掛かる吐息に我を忘れ、強く彼を抱きしめていた。 小さく震える身体に愛しさを覚え、顔を覗き込めば閉じたまつ毛に透明な涙の滴が溜まっていた。 余りにも美しいその面差しと、柔らかそうな唇から目が離せなかった。 いつの間にか自らも目を閉じ、彼の唇に触れるようなキスをした。 甘い吐息と柔らかな唇に、我を忘れてむしゃぶりついた。 たった今、男に襲われたと泣いた男にこんな事をしている自分に呆れ、思わずアイツを突き飛ばした。 「布木(ふぎ)、ごめん」 突き飛ばされ倒れた布木(ふぎ)は、徐ろに起き上がると俺の胸に顔を押し付けた。 「廣畑君・・・・・もう一度抱きしめて・・・・・」 「布木(ふぎ)・・・・・」 アイツの細い身体をもう一度強く抱きしめ、胸に押し当てた顔を上げ、その唇にキスをした。 アイツの手がしっかりと背中にまわされ、暖かな温もりが伝わってきた。 その熱で身体は火照りだし、アイツから立ち昇る甘い匂いに心と体が震えていた。 自分でも不思議なほど好きだと言う感情が溢れ出した。 まるで冬眠していた想いが徐々に溶けていくような、不思議な感覚だった。 いつの間にか、自分はこいつを好きになっていた・・・・・それがいつからなのか、自分でも気が付かないうちに、胸の奥深くで小さな芽が少しずつ大きく育ち、気がつけばその想いは深く心に根を張り、葉を付けていた。 優しい言葉が次々と口をついて出ていった。 「疲れただろ?もう休むか?」 「・・・・・怖い」 「一人が嫌なら、この部屋に居ていい」 「いいの?」 「アァ、風呂は?」 「いい・・・・・眠い」 「だったら、服を脱いでベッドに寝ろ」 「そばに居てくれる?」 「・・・・・わかった、そばに居てやるから。安心して休め」 寝室へ案内すると、アイツは服を脱いだ。 真っ白な肌は少し上気しているようだった。 スエットを渡すと、少し大きめなそれを着てベッドに潜り込んで、身体を丸めていた。 ベッドの横に椅子を置いて、膨らんだ布団の上に手を置いた。 少しでも安心して欲しかった。 「廣畑君・・・・・抱きしめてくれる?」 「怖いのか?」 「そばに居て欲しい」 布団を捲り、布木の横に身体を滑り込ませた。 細い身体を引き寄せ、向き合うと両手で包むように抱きしめた。 安心したように、大きく息を吐いた布木は体の力を抜くと直ぐに静かな寝息をたてた。 無防備に抱きついている布木の身体を抱きしめた。 背中に置いた手は布木からの熱で汗ばみ、それでも動かすことも、どかす事も出来なかった。 こんなにも誰かを愛おしいと思ったことはこれまで一度もなかった。 これまで抱いた幾人の女性にも、一度も感じたことのない感情だった。 大切で切なくて胸が痛くなる程好きだと実感していた。
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