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恐怖
授業が終わった時、すでに陽は沈み辺りは暗くなっていた。
数人で食事を済ませ、駅へ向かう人反対側の自宅へ帰る人、それぞれと別れ残り3人でマンションへ向かった。
二人とは途中で別れ、あと数分で自宅だった。
その時後ろを歩く男二人が声をかけてきた。
「ね、君!この近くに珈琲の美味い店ないかな?」
「こちら側にはありませんよ、反対側の駅の近くへ行かれたらあると思いますけど・・・・・」
ニヤニヤと酒臭い息を吐きながら、近づく男に警戒心を募らせた。
「君さ、可愛い顔してるね!もしかしたら、男が好き?」
「・・・・・」
男達は更に近づき、一人の男が手を伸ばして肩に触れた。
その瞬間、全身に鳥肌が立ち足がすくんだ。
男は口を片手で塞ぎ、上半身を片手で脇に抱え、もう一人の男が両脚を掴んで持ち上げた。
二人の男に抱え上げられ、狭い路地へと歩き出した時、脚を抱えた男がつまずき掴んだ手を離した。
その隙に自由になった足で、男の足を思い切り強く踏みつけた。
悶絶し上半身を抱えていた男が蹲った隙に全力で走った。
マンションまで来て、部屋の前までたどり着いた時には膝が震え、座り込んだまま立てなくなった。
恐ろしい記憶が蘇り、不安と恐怖で体が震えた。
その時、誰かがそばへ来たのがわかった。
その声は優しく問いかけた・・・・・
恋して止まない廣畑 響の声だと直ぐにわかった。
男のくせに襲われたと言えば、きっと軽蔑されるだろう・・・・・それでも、今は彼にそばに居て欲しかった。
彼の部屋で彼に抱きしめられた時、襲われた恐怖は消えていた。
彼の匂いに包まれて、このままそばに居て欲しいと願った。
自分の我儘を彼は聞いてくれた・・・・・こんな状況で断れない事をいいことに、彼と同じベッドに入った。
抱きしめて欲しいと、言えば彼は優しく抱きしめてくれた。
温かな身体に包まれ安心して目を閉じた。
彼の優しさに付け入ったようで、彼に見られるのが恥ずかしかった、こっそりとベッドを抜け出し彼が目を覚ます前に部屋へ戻った。
彼にはお礼の言葉も言わず、寝ている彼から逃げだした。
次の日教室で見かけた彼はいつもと変わりなく、声を掛けることも自分に視線を向けることもなかった。
彼がゆうべの状況を特別な事として、あの言葉もキスをせがんだことも、全部忘れてくれればいい。
そう思いながら、ゆうべの甘いキスが頭からも唇からもはなれなかった。
彼の蕩けるようなキスが何度も脳裏に浮かび、抱きしめられた時の彼の体臭が忘れられなかった。
12年の間、密かに恋した彼に抱きしめられ、キスされた事で自分の願いが叶ったと嬉しい反面、あんな状況で叶えられた事が悲しかった。
彼にとって、誰かを抱きしめる事もキスする事も、特別な事ではないのかもしれないが、自分にとっては初めてのキスだった。
そういう意味では、好きな人と初めてのキスができた事は自分にとっては幸せだった。
そこに彼の気持ちは無くても・・・・・
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