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偶然を装う作戦
自分で考えたとは言え、こんな幼稚な作戦でうまくいくとは思えなかったが、とりあえず今考え付く作戦はこれ以外なく、試してみることにした。
ドアの前で偶然会った俺をアイツがどう思うか、どう声をかけてくるか?
無視して部屋へ入ったら、それでこの作戦は終了となる・・・・・
今日は朝から雨だった、こんな日ならアイツも早く帰ってくるかもしれない、待つ時間が少なければ少ないほど気持ちは楽になり、作戦も上手くいきそうな気がした。
授業が終わって、アイツを探すと数人の集団で構内のカフェへ向かうところだった。
カフェに居るうちに、先にマンションへ帰ってアイツが帰ってくるのを待つことにした。
濡れた傘を立て掛けドアの前に立った。
5分も経たないうちに、エレベーターのドアが開いた。
見ると、全身びしょ濡れのアイツが出てきた。
髪からはポタポタと雨の滴が落ちて、まるで泣いてるように見えた。
あの夜のアイツの事が思い出され、何かあったのかと急に不安になった。
「布木!どうした?なんかあったのか?」
「傘持ってなくて・・・・・」
「走ってきたのか?傘もささないで?」
「待ってても止まないと思って・・・・・」
「バガだな、風邪引いたらどうするんだ」
今や作戦なんて頭から吹っ飛び、アイツの腕を掴んで部屋の中へ引っ張り込んだ。
「風呂入って温ったまって来い」
バスタブに湯を出しながら、アイツの濡れた服を脱がせていく、冷たくなった手が微かに震え、それが堪らなく保護欲を誘った。
冷たくなった身体をバスタオルで包み、湯が溜まるのを待った。
頭から白いタオルを掛け、立ち尽くすアイツは酷く心細げで思わずアイツを引き寄せ、両手で抱きしめた。
抱き合ったまま、二人とも黙り込む。
その時湯が溜まったと無機質な音声が流れ、急に現実に引き戻された。
「ほら、早く入れ」
浴室にアイツを押し込み、バスルームを出た。
胸の鼓動は治らず、今だにドキドキとリズミカルに跳ねていた。
冷静になってみると、アイツの部屋は隣だから、俺の部屋で風呂に入れる必要はなかった・・・・・それなのに、アイツも疑問に思わず俺の部屋で当たり前のように、風呂に入って温まっているかと思うと嬉しかった。
アイツのために、Tシャツとハーフパンツを出して浴室に置いた。
曇りガラスの向こうで、湯に浸かるアイツの姿が微かに見えた。
「着替えここに置いとくから・・・・・」
「ありがとう、ごめん」
その声で嬉しさにニヤけた自分が、我ながら恥ずかしかった。
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