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ときめき
響と呼ばれると、なぜか妙に胸がざわついた。
部活の仲間にも、彼女にも同じように響と呼ばれているのに、アイツに呼ばれると嬉しいような、照れくさいようなそんな気持ちだった。
響と呼ばれ、侑星と呼ぶ仲になるとは・・・・・展開の速さと、急に親しくなったことに嬉しい反面、揶揄われているような信じられないような、複雑な気持ちだった。
アイツが俺のことを、好ましく思うはずもなく、自分だってこれまでずっと嫌いな奴だと思っていたわけで、自分の気持ちの変わりようでさえ不思議な気分だった。
電話番号の交換やSNSの紹介まで出来て、メールのやり取りまで出来るようになった。
朝から、アイツのメールで起こされ、大学へも一緒に登校することになった。
パンと珈琲の朝食を済ませ、ドアを開けるとアイツがすでに待っていた。
「おはよう!響」
「おはよう・・・・・待ってたのか?チャイム押せよ」
「今来たとこだから待ってないよ」
ふんわりと微笑みながらそんな風に言うアイツに見惚れながら、先に歩き出すと小走りに後ろからついてくる気配に、胸をときめかせながら振り返ると、またさっきと同じ笑顔が向けられた。
教室に入ると、アイツは当然のように俺の隣に座った。
驚いた俺に、お構いなしに教科書とノートを取り出した。
ゾロゾロと集まる蟻たちが、俺とアイツの周りに腰掛けた。
「おい、侑星・・・・・あっち行けよ」
「どうして?迷惑?」
「そうじゃないけど・・・・・こいつら、良いのか?」
「大丈夫だって」
アイツはそう言いながら、周りにお構いなしに俺に話しかける。
周囲の視線が痛いほど俺を睨みつけ、居た堪れない気持ちになった。
まるで推しのアイドルを独り占めしているような敵意を向けられ、我ながら罪悪感が沸き起こった。
これ以上ここにいるわけにもいかず、早々に席を移動した。
響と言う呼びかけも無視し、離れた席に座った。
アイツを見ると、少し怒ったような機嫌の悪そうな顔で俺を睨んだ。
睨まれたところで、蟻たちの機嫌を損なうわけにはいかない・・・・・彼らにとってアイツは大切なアイドルと同じ存在なのだ、俺なんかに近寄られては心外なのだろう。
授業が終わると直ぐにアイツからメールが来た。
《さっきはごめん!彼らには悪気はないから・・・・・》
《気にするな、大学ではこれまで通りでいこう》
《うん、わかった。今夜晩御飯食べに来てね》
大学ではこれまで通り親しくないフリをしながら、部屋では一緒に食事をする仲・・・・・と言うシチュエーションが秘密の社内恋愛的で嬉しい。
メールのやり取りも、これまで部活の連絡か彼女からの食事の誘いぐらいしかなく、着信音にドキドキしたこともなかった。
それが今では、微かな振動が嬉しくて仕方がない。
部屋では通知音を最大限にして、着信音を心待ちにした。
まるで恋人が出来たような気分だった・・・・・アイツの気持ちなど関係なく、自分勝手な妄想は膨らんでいった。
授業が終わって、マンションへ帰る途中に商店街にある、ケーキの店に寄った。
今夜、晩御飯を食べに行く時に持って行こうと思った。
ケーキを持って、誰かの家へ行く事など一度もなかったし、晩御飯をご馳走になるからと言って、手土産を買おうと思った自分に我ながら驚いていた。
アイツがケーキを好きだと言ったわけでも、ケーキを食べる所を見たわけでもないのに、何故かアイツにはケーキが似合うと思った。
苺の乗った可愛らしいケーキを二個とプリンを二個買った。
食事の後に二人で食べようと思った、甘いものが特に好きなわけでもなく、ケーキを買ってまで食べようと思ったこともないのに・・・・・二人でケーキを食べたいと思っていた。
どう言う心境の変化なのか・・・・・女と初めてデートをした時よりも、ずっとウキウキしている自分がいた。
マンションへ帰り、ケーキの箱を冷蔵庫に入れてシャワーを浴びた。
約束の七時までは、まだ1時間もあった。
隣の部屋へ行くのに、服に気を使う必要もないし、いつもの部屋着でそのまま行けば良いと思っていたのに、やっぱりそれでは失礼に当たるかもしれないと、クローゼットからコットンのパンツと青いセーターを用意した。
全ての準備を整えて、時間が来るのを待った。
誰かの家を訪問する時、最適なのは約束の時間より、早めでもピッタリでもなく5分ほど過ぎた頃行くのが礼儀だと書いてあった。
約束の時間ピッタリが、失礼に当たるとは知らなかった。
時計を見ながら、最適な時間になるのを待った。
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