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傷つけた?
高校3年になって始めてアイツの正面に立った。
これまで目を合わせたことも、話をしたこともなく、声の聞こえる場所にいることさえ避けていた。
小学校の頃と変わらない容姿で高校生になっても、男子も女子もお菓子に群がる蟻のようにアイツの周りを取り囲んでいた。
アイツの側へ行くだけで、喉はカラカラに乾き身体は緊張でカチカチに強張った。
それでも、覚悟を決めてアイツのそばまで行った。
「布木 侑星、お前に話がある」
アイツの周りに居た生徒が一斉に俺を見た。
誰もが、俺を睨みつけ警戒感丸出しの表情で睨みつけている。
「廣畑君、僕に話って?」
「ここで皆んなに聞いてもらいたいか?」
「二人の方がいい」
「だったら、こいつらから離れて着いてこい」
教室を出て廊下を進み、校舎の裏へアイツを連れ出した。
アイツの表情は見えないが、遅れることなく着いてきた。
何を言われるのか、分からないはずなのに特に用心した様子がないのが気になった。
校舎の裏で立ち止まり、後ろを振り向くと彼の視線が真っ直ぐに俺を見た。
その綺麗な瞳に一瞬、言葉が詰まり言うべき言葉が出てこない。
咄嗟に目を逸らし、息を吸い込んで吐き出した。
「お前、俺に恨みでもあるのか?」
「ないけど・・・・・どうして?」
「だったら、どうして高校も大学も俺と同じ所を選んだ?理由を言ってみろ」
「・・・・・それは・・・・・たまたま廣畑君と同じになっただけだけど・・・・・」
「お前の成績ならもっと上の高校に行けただろ?スポーツの苦手なお前が何故この高校にした?」
「それは・・・・・こっちの方が家から近かったし、電車で通うのは嫌だったから、この高校にしたんだけど・・・・・」
「俺の邪魔をしてるわけじゃないんだな、大学をT大の工学部にしたのは?」
「それは僕の夢を叶える為だよ・・・・・どうして?」
「俺もT大の工学部を希望してるからだ」
「たまたま同じになっただけだよ、僕はインテリア学科だけど廣畑君もそうなの?」
「俺は建築学科だ・・・・・」
「同じじゃないじゃん・・・・・」
言われてみれば、全くの同じってわけではないが・・・・・
「・・・・・」
「僕が同じじゃ嫌なんだ・・・・・」
「嫌だね、小学校も中学校も高校まで一緒なのに大学まで一緒ってありえないだろ」
「そう・・・・・僕は構わないけど、廣畑君と一緒でも・・・・・」
「マァ、特に理由があったわけじゃないならそれでいい」
「あのォ・・・・・廣畑君、俺の事・・・・・嫌い?」
「そんな事は思ってない」
潤んだ目で俺を見るアイツをこれ以上見ていられなくなって、逃げ出すようにその場を離れた。
校舎の入り口まで来たところで振り返ると、俯いたアイツの肩が震えていた。
まさか、泣いてるなんてありえないとは思うものの、そんなアイツの姿に胸が痛み罪悪感が湧き起こる。
次の日から、アイツの事が気になって仕方がなかった。
あんな事を言った手前、声をかけることもできず、アイツからも何も言ってこなかった。
これまでと違う感情でアイツの事が気になり、落ち着かない日々が続いた。
なんとかもう一度声をかけようと近づいても、相変わらず周りには多くの蟻が群がったままだった。
最近のアイツはあまり笑わなくなっていた、それも自分があんな事を言ったから・・・・・そんな気がして更に罪悪感に苛まれ、どうしてももう一度アイツと話したいと言う思いが募っていった。
そんな自分の感情がよく分からなかった。
顔も見たくないほど嫌いだったはずなのに、アイツともう一度話したいと思っていた。
アイツの泣いた顔が目に浮かび、泣かせた自分に苛立っていた。
綺麗な瞳が潤んだ時、一瞬自分が信じられないくらい動揺していた。
あの感情はこれまで一度も経験したことのない感情だった・・・・・アイツに嫌いかと聞かれた時、なぜ本当のことが言えなかったのだろう・・・・・お前の事が子供の頃から、嫌いだったと何故か言えなかった。
あの顔で見つめられた時、嫌いだとは思わなかった。
胸の奥から湧き出す得体の知れない感情に戸惑った。
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