2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
線路は続くよ最寄り駅まで
電車内から車窓風景は何も見えないが、地下鉄でトンネル内だからでは無い。
単に外が畑や田んぼが連なる明りの無い世界であるだけである。
田舎の電車は二両しか連結してはいないのに、それも帰宅というラッシュ時間でありながら、数える程しか乗客がいない。そんな人数でもさらに人との関わり避けたいという風に、一両目の二両目との連結部近くの後方の席に座っている少女は、確かに外見からして町の大体の女の子達とは違っていた。
彼女は県立大林北高等学校二年になったばかりの、阿須戸乃三花である。
彼女の真っ黒の髪は、大昔の修道女のように短く切りそろえられている。その髪型は彼女の黒目勝ちの大きな目を強調していた。また、身長が百六十近くある彼女の体つきは華奢にしかみえないほどに細く、肌においては陶器のように赤味も無くツルっとしている。彼女への第一印象は、人形みたいだ、である。
そんな外見の彼女は十代の少女らしく明日への期待で明るい気持ちでいることはなく、人から離れた場所に座る理由のように、鬱々とばかりしていた。
彼女は外の暗がりが今の自分の気持そのままの風景だと考えており、二年前の自分に対して自嘲している最中なのである。
あの時に抱いた情熱に浮かされねば、今の彼女は都内の自宅にいたはずで、地方の四十五分に一本しかない在来線に一人寂しく揺られる事は無かっただろう。
中学まで東京住まいだった彼女には、当たり前だが女友達がいない。
友人をそれ程欲しているわけでは無いが、一緒に帰ったりする相手がいるといないとでは面倒に巻き込まれる率が変わる。
虐めや嫌がらせのターゲットにされることもそうであるし、今のこの現状こそそうであろうと、彼女は自分をこんな現状に落とした自分にこそ怒りを抱いた。
彼女は苛立ちながら、自分が今さらに過去を後悔する気持ちなった現在進行中の出来事へと視線を動かす。
彼女の太もものあたりに彼女のモノではない手があり、さも自分のモノのように彼女の太ももを指でなぞった。
乃三花は自分の隣に座る中年男から痴漢らしきものを受けているのだ。
痴漢らしきもの、としか言えないのは、男の手は乃三花に触れているが性的な触り方とは言い難い絶妙な触り方だからである。
眼鏡をかけている三十代後半近くの痩せた男は、寝たふりをしているのだ。
熟睡している風に投げ出している左手は男と乃三花の間に差し込まれ、時々びくびくと動いては手の甲や指の関節で乃三花の太ももを撫でる。それは全部寝ている最中の不可抗力としたいらしいが、触られている乃三花にはそれが痴漢行為だとはっきりわかる。
中指で小円を描くようになぞられれば、それは意図的で痴漢行為そのものだと確信するしか無いものだ。
だがこのような行為を増長させているのは、乃三花が耐えているからでもある。
乃三花がすぐに席を立ってしまえば良い話でもあるのだ。
が、乃三花がそれをせずに黙って耐えているのは、男が考えているほど彼女がおとなしい少女では無いからだ。
大体、やりたいことが出来たからと通っていた中高一貫校を捨て、都内の自宅から地方にある父方の祖母宅に、たった一人で引越ししてしまった子供なのだ。
お祖母ちゃんいるし、学校はあっちの公立高校に通うから大丈夫だ、と。
自己主張を躊躇うわけはない。
ではなぜか。
あと、十五分。
駅に付いたら大声で痴漢だと叫んで椅子から立ち上がる。
悪評が死んだ後も付きまとう田舎町で、こいつを社会的に殺してやる。
乃三花はちゃんと報復を計画しているのだ。
ダン。
男の足首が急に払うように蹴られた。バランスを崩した男の身体は大きく傾ぎ、男は本当にたった今目が覚めたかのようにして椅子の上で飛び上った。
痴漢を蹴ったのは乃三花では無い。
「おじさん。彼女にくっつきすぎじゃね？」
え？
乃三花は突然の声に顔を上げる。
目の前には数少ない乗客の一人だった青年が立っていた。
乃三花と同じ紺色ブレザーに同じ学校の校章が襟元で光っているので少年という表記が正しいだろうが、百八十近くの身長がある男子は少年と分類できないと乃三花は思った。
最初のコメントを投稿しよう！