君は黒い犬が好きだものね

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君は黒い犬が好きだものね

 ニューヨークに来たお上りさんと言えば、セントラルパーク散策が必ず観光コースに組み込まれるものだろう。だがしかし、そんなほのぼのとした散策は、乃三花にとっては拷問時間となっていた。  アダムに拷問されるのは乃三花ではなく、乃三花を殺そうとしたフェンリールの若者達であるが、傷一つ受けていない乃三花には彼等に恨みがあるはずない。  ただ、事情を知っているがために、哀れ、としか思わないのである。  乃三花は人の心を持っている。 「アダム。そろそろ許してあげて。彼等の気持はわかる。私が依頼を完遂すれば、彼等の王がネコになる。それは誇り高い彼らには許せないはずだもの」 「ネコ科のライオンは百獣の王って言うだろ?堪えなきゃ」 「私は堪えられるわけ無いって思う。私だって狼がその百獣に入っていない感覚なんだ。狼はそれだけで一つ。人間みたいに他と繋がっているようで他から切れている感じ。だから、他の種と混じることが許せない、そんな感じだと思う」 「買いかぶり過ぎだ。狼だったらそうだろう。だが奴らを見てごらん。すでに使役されるだけの犬じゃないか」  乃三花はもう一度周囲を見回し、数分前と違う点を見つけて驚いた。  なんだか目をキラキラさせて私を見てる? 「ちっ。死んだ目にしてやる」 「いい加減にしなさいよ。死んだ目って、どこまで走らせるの?」 「――君にアイディアが湧くまで、でもいいよ。外の風景や空気は君の才能に刺激して閃きを呼び起こす。そうじゃないかな?」 「才能に火が付くところが、ケツに火が付いたわ。ダリオは私を殺しかけたけど、ダリオ達があなたに殺されるのは私の寝覚めが悪い」 「人道的な仮面を外してハッキリ言おうか。君は黒犬こそ好物だと。あのちび犬にもシッポ振っていたものな!!君は少々節操が無さすぎる!!」 「あのちび犬?」  確かに黒服のダリオが、日に焼けた肌に黒髪が似合う紺色の瞳をしたイケ面であり、外見が乃三花の好物であることは乃三花は否定しない。  しかし彼女がダリオを庇ったのは外見が素晴らしいからではない。ダリオ以外の黒服、ジーノやフィリップ、カルロにアレサンドロが同じ目に遭っても庇っただろうと言い切れる。 「――やばい。マクフェンリー一家の若衆、ダリオ以外もイケばっかだった。今気が付いた。やっぱアダムの言う通りに私はまず黒髪に注目するのかな。でもって、ちび犬は誰だ?黒犬ってことは黒髪の子で、ええと」 「もういい。何でもない。君の記憶に残らない子であったのに私の焼餅であった。私は君の視線が自分に向かっていないととにかく苛々するんだ」  乃三花は始終アダムの顔ばかり見ていたはずだとこの二時間を思い返す。  なんだっけ?  アダムのことも、ジョーンに課せられた依頼についても完全に忘れた一瞬なんかあったけって、あった!! 「ああ、あれか。ごめん。アイス屋にいた黒いプードルが可愛かったから、つい。せっかく買ってくれたアイスが溶けかけちゃったもんね。ごめん」  アダムはふふっと柔らかく笑った。  正解だったことに乃三花はほっとしたが、器がちっさ、とアダムについては評価をしっかりと下げた。  私の推しの本来のイーオンはそんなことは……ゲームしていないからキャラクターについては何も知らないな。  乃三花はアダムの横顔を見つめ、顔が良いからよし、と結論づけた。 「確かに、あれは可愛かった。認めるよ。あの可愛さでは仕方が無いな」 「だよね!!お尻がもこもこでキノコみたいで、頭の方は爆発してる爆弾みたいで可愛い可笑しかったね。ところどころ赤やピンクで染めてあるし、すごいファンキー……」  乃三花はアイス屋で見たプードルを思い出した事で、自分が考え違いをしていたのではないかと思い付いた。  テディベアカットだろうが、スタンダードカットだろうが、元のプードルの形が変わるはずは無い。 「では、魂も種族も変えずにフェンリールにしちゃうのは。しちゃっていいのかなあ。それって冒涜かなあ。だけどレオネが人型の時の外見こそジョーンの至高だったらいいのかな?」 「――戻るか?」 「うん。粘土も用意して。あとフェンリールって、変身が出来るものなの?」 「ランクによる」 「人型の時と変身時の肉付きと骨の形を知りたい」 「わかった、そういう感じで捌くとする」  耳が良いフェンリールの若者達は、一斉に顔を上げて乃三花を見つめる。  ダリオ達は海外派遣の多い特殊部隊の経験があるからか、四か国語以上話せる人達なのだ。  だがしかし、そんなスキル持ちで武闘派だった彼らが、今や里親が見つからなければ安楽死予定の里親募集犬の瞳で乃三花を命綱のようにみつめている、とは。  二時間前の野性味あふれていた五対の瞳が懐かしいよ!! 「違う。そこまでしなくて大丈夫!!私が触って確かめればいいだけだから!!」
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