2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
相談ごとは考えてするべき
駅を出て繁華街を過ぎれば、ここは田舎町。突如として外灯以外は明りの無い真っ暗なった夜道となる。そこで乃三花は今こそはと、自分の悩み事を隣を歩く真名谷に語り出した。大したことでは無いという風に、少々の早口で。
全てを語った数秒後、乃三花の隣は静かとなった。
乃三花を罵るでもなく、呆れるでもなく、聞き流してくれたというのか。
やはりモテる男子は懐が広いのだな。
乃三花は真名谷を見直した。だがその瞬間、彼は泣き出したかのように両手で自分の顔を覆ってしまったではないか。
「――それって相談なの?」
暗闇ながら耳まで赤くなっているとわかるぐらい真っ赤に染まった真名谷の姿に、急いては事を仕損じる、という昔の格言が乃三花の頭の中で木霊する。
人形師として完璧を目指したいから、等身大人形の股間に必要な男性器を真名谷君が作成してくれませんか?
うん。ヘンタイだな。
「相談だ。当方は一応女の子として、それは見本もないし作ることができない」
「――見本。確かにあるけど俺も無理だ。大体どうしてそんなものを作る羽目に君はなっているのよ?」
「私が作った人形の引き取り手が完璧主義者でね、私が人形にはいらないと思った物体こそ必要だって主張するんだ。どうして大事なものが無いんだってもの凄いお怒りなの。賠償を請求してやるっていきり立ってる」
推しをモデルにして作り上げた等身大人形に妖精が憑りついて、人形が完璧じゃなかったから脱げなくなったと妖精が騒いでいる、とは言えない。
乃三花はありえない出来事を招いた自分の過去に思いを馳せた。
どうして私は、新作ゲームの壁広告なんかを渋谷で目にしちゃったのだろう。
どうして私は、描かれていたキャラの一人に恋をしちゃったのだろう。
どうして私は、キャラ絵が欲しいだけでやりもしないゲームの発売日に徹夜して並んで、推しキャラの等身大ポスターなんて手に入れてしまったのだろう、と。
それよりも、どうして私に、等身大球体関節人形など作ってしまえる技術と情熱なんかあったのだろう。作業のために広い場所が必要だって祖母宅に行くって言い出しても、娘を止めるどころか応援する親ってどうよ!!
子供の可能性を潰したくない。
子供が自分で未来を潰そうとしてたら止めろよ、親!!
「ダビデ像のあれを見本にしたら?」
「あ、ああ」
乃三花は真名谷と話し中だったともの思いから意識を戻し、真名谷が言い出したダビデ像について記憶を呼び起こす。彼女こそ彼と同じ事を最初に考え、嫌々と粘土で造形し始めたその時のことだ。
「あれは、駄目だった」
「ダメ?」
「あれは白い像でしょ。私は実物の色合いなど知らんし。さらに言えば、奴は女の子が他人のそんなものを捏ねるのは見ていていいものじゃないと叱って来た」
「自分で作れ言ったくせに?てか、奴は君に自分のモノをもしかしたら」
「――奴には自分のモノが無い」
「そか。そうか。購入者はお人形フリークって話だったか」
真名谷は相手を女性と勘違いしたようだが、乃三花にすれば妖精について彼とも彼女とも言い難いので奴と呼称するだけである。実際に乃三花が会話しているのは動く人形とであり、人形が完璧でないから脱げないと騒いでいる妖精自身の本当の姿を知らないのだ。
「ついでに、ダビデのあの物は百戦錬磨の男性のものでは無いから嫌だと奴は言い切った」
「いや、俺も百戦錬磨じゃないよ?ええ?君は俺をそんな目で見てた?」
「君は何を言い出すかな?私は単に男性の持ち物ならば男性こそが詳しいんじゃないかな、という希望的観測なだけなんだけど?」
「俺のを見せてって奴かと思った」
「な、なにを言うかな?」
「でもいいよ。君のを見せてもらえたら、俺だって見せてもいい」
「はうっ!!」
乃三花の思考は十二秒止まった。
それは願ったりでは無いか?
十二文字程度の迷いが浮かんだので、考察に十二秒ぐらい止まったかも、と言うだけの話だ。乃三花は人形師としての探求心はとりあえず強い。参考のためにとBL本を何冊か手に入れたが、全て大事な場所は白抜きだったのだ。
コミックマーケットで買う同人本でなければ倫理が邪魔をするらしい!!
「色合いとか生っぽさを確認できるならばお願いしようかな」
「おい。俺は君には、はうぅ!のままでいて欲しかったな。がっかりだよ」
「だってね。私には人体模型として良い資料もあったの。フィレンツェのスぺコラ美術館の蝋人形の写真集。人体解剖模型という医学的資料であるはずのそれを、何処までも芸術的に追及して作り上げられた素晴らしき美の骨頂。あれぞ人類の宝。だけどね、奴はあれを見本にした場合は腐ったものにしかならないと却下してきたんだ。元々死体から型取って作った蝋人形模型だから確かに、だけど。だから、フレッシュなものが見られるなら見るべきかなって」
「ふれっしゅ。俺は君に引きまくりだよ。いいや、最初から引きまくってたな。なんだよ、あの、私の親父はインテリヤクザなんでって」
「覚えていたんだ?」
乃三花は高校一年の時のことを思い出してふふっと笑った。
高校一年の夏は、中学三年の時から作っていた人形が完成した時であり、その人形を台無しにされた最悪な時期であった。
だからこそ、乃三花は自分に嫌がらせをする数学担任に、八つ当たりも含めて嫌がらせし返したのだ。
最初のコメントを投稿しよう!