妖精に連れこまれたその部屋で

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妖精に連れこまれたその部屋で

 乃三花(のみか)がアダム・ジョスランによって連れこまれた場所は、前回とは違う場所であった。前回は妖精の癖に無駄にスタイリッシュで現代的な、まるでビバリーヒルズのコンドミニアムのような場所だった。  セイレーンを招いた大きな居間はガラス張りで、そのガラスの向こうの外には、青い海を眺めながら水遊びが出来る二十五メートルプールが設置されていたのだ。  だが今回は趣が全く違う。  ご用は何でしょうご主人様と執事が出て来そうな、天井や柱のところどころに無駄に貝モチーフがあるという大昔風の豪勢な場所であった。  それも前回のように居間ではなく、寝室だ。  この無駄に豪勢で広い部屋には、天蓋付きの少女趣味と呼べる大きなベッドだってどーんと設置されているのである。  乃三花は前回と展開が同じくようで全く違う光景に、首を傾げるばかりである。  どうして、自称妖精の部屋が物質世界の豪勢な部屋ばかりで、どうして今回はロココ調なベルサイユ風?  けれど、そんな事は妖精界に誘拐されてしまった少女にはどうでも良いことだ。  乃三花は諦めの溜息を吐くと、アダムの腕から出る。 「がっかり?女の子はこういうのが好きなんじゃ無いの?せっかく今回は君に合わせて部屋を作ったのに」 「え?あなたの好みじゃ無いの?」 「私の趣味はこんな悪趣味じゃないよ。私は君の趣味に合わせてあげただけだ。信奉者に夢を見せて喜ばせるのも神の義務だ」 「ゴスロリに合わせるなら、ヴィクトリアンだ。ロココじゃない!!マリーアントワネットじゃない!!」 「はっ。ロココはポンパドゥールの方だ。無知め。まあ、どちらも古臭い過去の異物であるのは間違いないがな」 「異物で悪かったな――で?今度はどんな案件なの?前回は海の底にあった頭蓋骨が自分が沈めた男のものだって言い張る二人のセイレーンの争いを収める為だったわよね?今度は山奥でハーピーの早贄になった被害者かな?それともダンジョンで魔物に殺された勇者さん?」 「骨になった状況は最後のが一番近い」 「ハハハ。白骨。どうしてもやらせるんだ。復顔(ふくがん)」 「ハハハ。持ち込まれた頭蓋骨があるんだ。当たり前。ただし、今回は、ただで、とは言わないよ」  アダムが右手の指を弾いて軽やかな音が響くと、乃三花の目の前にふぁさっとアダムの目の青色と同じ布地が現れた。  ドレスの形をした、それを、乃三花は反射的に両腕に取る。  取るなと言っても乃三花はそれに手を伸ばしたであろう。  乃三花は人形作りの為に祖母宅に住処を変えることを選んだが、人形作りにおいては資金の為に自分の集めていた人形やゴスロリドレスをオークションに出して手放していたのだ。  あ、狭い3DK官舎から私の趣味ものが消えるならばと、それで家族はみんな私に対して反対しなかったのかな。  急に二年前の家族が乃三花を止めるどころか応援ばかりだった意味に気が付き、乃三花は家族に対してちくしょうと思いながら腕に抱いたものを見直す。  それは、彼女が二年前に泣く泣く手放した、彼女の宝物だったものである。 「このドレスは私のものだったやつだ。裾の黒いバラの刺繍は私が自分で刺したものだもん。染み隠しに。これは私がいっち大事にしていた奴だ」  アダムは再び指を鳴らす。  すると、乃三花が髪の毛を短くしている理由、それが乃三花が抱きしめたドレスの上に落ちて来た。銀色に輝く髪束であるそれは、乃三花のその時々によって赤や紫、あるいは青と染められ、巻き毛や直毛と形を変えられる。 「私のカツラ!!」 「人形師アストロラーベ。復活を願わないか?」 「やめて中二病丸出し時代の私のブログ名で呼ぶの。それでええと、あなたの依頼を受ける度に、私は手放したかっての宝物を取り戻せるってことなのね。でも何度も言うけど、私は人形師じゃ無いの。ドレスはライブに行く時用のものであって別に人形師としてのものでは――」 「そのドレスは仮面舞踏会用って奴か。では、妖精界で踊るのはどうかな」  パチン。  ふぁさ。  ドン、ドン。 「わあ!」  ピンクグレーのドレスと真っ黒の編み上げの厚底ブーツが、上から次々落ちて来たのだ。もちろん乃三花は逃すものかという勢いで受け止めたが、ドレスは大丈夫でも厚底ブーツのずっしりとした重みに彼女はよろめいた。 「うそ、うそ。私が魂から推してるブランド、バンシースキームの新作ドレス!!靴も!!も、もう!!落として傷が付いたり汚れたらどうしてくれるのよ!!」 「君のお気に入りばかりを詰め込んだ化粧箱を落としたら、私は君に殺されそうだな。化粧箱は、ええと」  アダムは指を鳴らさずに、ベッドサイドテーブルの方角へと右手を閃かせた。  すると、テーブルの上には無かったはずの、黒いボックス箱が出現した。 「なんで!!私の部屋に置いてある私物迄勝手に持ってくるのよ!!」 「ドレスアップする時には女性には必要だろう?」 「そうだけど、なんか至れり尽くせりすぎて怖いんだけど」  アダムは乃三花には不穏しか呼ばない笑い声をあげ、乃三花は拠り所のようにして腕の中のドレスを抱き締めた。  妖精は神隠しをするという伝承を彼女は思い出したのだ。
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