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ちょっと良いですか?
乃三花は目の前にある遺物について、異物、としか思えなかった。
前回のように人間の復顔をさせられると思っていたのに、フェンリールの族長がアダムへと宝物のようにして差し出してきたものが、人間のものではない頭蓋骨であったのだ。
丸っこい形は短頭型というもので、牙にしか見えない三角の歯がところどころ抜けて並んでいるが、かみ合わせで考えると歯の合計は三十本だ。
そしてフェンリールは、狼、が元の種族である。
アダムの執務室で大きなソファに悠然と座る青灰色の上等なスーツを着た紳士が人間にしか見えなくとも、彼がフェンリル狼の子孫なのだとしたら、目の前の頭蓋骨が彼の息子であるはずで無いのだ。
豊かでふさふさの長めの焦げ茶色の髪が鬣に見えるが、彼、ジョーン・マクフェンリーをライオンと称する人はいないであろう。鋭い眼光に高い頬骨と細い顔で、彼を評するのは狼しかありえない。
乃三花はアダムにすぐに訴えねばならないと強く感じ、隣に座るアダムの肘のあたりの布地を軽く摘まんで引っ張った。しかしアダムはまるきり無視の状態で、乃三花は彼の腕を両腕で抱えて引っ張ってみた。
え、為すがままで私に体ごと来た!!
顔にアダムの左側面が覆い被さる!!
化粧!!今の私の顔は触れたら付く鱗粉だらけだって!!スーツが汚れる!!
「むぐう」
「いいですな。子供はこうやって親に甘える。この子、レオネもそうでした。私はレオネの顔をもう一度見たい」
アダムと乃三花の向かいに座るフェンリールは、シルクの白い布に乗せられている頭蓋骨に指を伸ばしてそっと撫でた。
その亡くなった相手を悼む姿に、乃三花は言うべきことを言えない。
――本当に言えない!!潰す気か!!
乃三花は自分押しつぶそうとするアダムの体を動く手でぱしぱし叩く。
「お子様は静かにな?大人の話に口を挟んじゃいけないよ」
私に復顔させるためにこの場に引き摺って来たのはお前だろ!!
乃三花は言い返してやりたかったが、何も言えなかった。
言えるわけがない。
フェンリールの長が我が子の遺骸だと慈しむ目の前の頭蓋骨が、猫科の生き物のものでしかないという事を。
犬の歯は四十二本、嗅覚に関連する部分が猫と犬では面積が違う。しかし人に化けているからと考えてフェンリールの頭蓋骨がパグに近いかもしれないと想定しても、目の前の頭蓋骨とは違うと言い切るしかないのである。
パグの頭蓋骨はめり込んだ鼻腔にひしゃげた咬み合わせと独特すぎる特徴から、一目で猫どころか他の生き物と違うと言い切れるものなのだ。
以上のことから、乃三花は目の前の頭蓋骨が彼の息子のものであるはずがない、という結論に達しており、彼を傷つけずに真実を伝えるにはどうしたらいいのかとアダムを揺すっているのである。
人間である乃三花は人の心を持っているのだ。
「レオネを養子にする事について、私は色々と言われました。ですが、出会った時から大事な我が子で息子です。ああ、息子に自分が養子だと知らせなかったがために、この子は我が家を出て行こうとしたのでしょう」
「!!」
息子さんの種族は何ですか?
その一言を言う前に、乃三花はアダムに再び潰された。
「家出を止めるために殺してしまったあなただ。その後埋葬もしないで行方不明のままその骨を手元に置いていた。そのあなたが私に望む願いは何ですか?」
乃三花の動きはピタリと止まった。
復顔どころの話ではない。
そして耳をすませば、フェンリールの始祖が神を食い殺そうとした魔物でしかなかったことを証明するように、ジョーンは人でなしな願いをアダムに吐いた。
「息子の復活を頼みたい。ただし、息子はフェンリールとして復活させるのだ。そうでなければ、私はまたこの子を破壊せねばならなくなる」
無理だ!!
無理だ!!
絶対にそれは無理だ!!
乃三花はアダムに圧し潰されながら、大声で叫びたかった。
なのにアダムこそ人の心を持っていない妖精だった。
「息子さんの生前の写真を。魂の定着が出来ねば復活など出来ませんから」
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