桜のお引っ越し

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 ななちゃんはお父さんとお母さんとお花見に行きました。お母さんが作ってくれた手作りのサンドイッチと、お父さんが作ってくれた、ううん、レンジでチンしてくれただけの唐揚げをレジャーシートを敷いて食べました。満開の桜の下で食べるお弁当は、いつもよりずっとずっと美味しい。ななちゃんの二つ縛りの髪の毛に、桜の花びらが舞い降りました。 「一年生になるななちゃんをお祝いしてくれてるんだね」 お母さんが言い、お父さんは写真をスマホで撮ります。ななちゃんの髪に桜の花びらが髪飾りのように何枚もついていてとても綺麗。 「ななは桜の妖精みたいにかわいい」 写真が撮れて満足そうなお父さんに、ななちゃんは冷めた声で言います。 「そういうの、親バカって言うんだよパパ」 お母さんはクスクスと笑って、おませでおしゃまで口達者のななちゃんを、愛おしそうに見つめていました。  屋台では一個だけとお母さんに言われてななちゃんは悩みます。りんご飴とチョコバナナ、どっちにしよう。りんご飴は最近流行りでどこでも買えるからチョコバナナを選びました。桜の甘酸っぱい香りと、チョコバナナのチョコレートの濃くて甘い香りが重なります。  小学校の入学式。ななちゃんはせっかく咲いた桜が散ってしまってがっかりしています。悲しくて元気が出ません。 「桜の花はどうして散っちゃうの?」 ななちゃんは入学式でいつもよりもおめかしをしているお母さんに聞きました。 「桜はね、お引っ越ししたの。来年はまた枝に戻ってくるよ」 ななちゃんは納得しません。 「来年戻ってくるなら引っ越ししなくていいじゃん。ずーっと咲いてれば綺麗なのに」 お父さんが言います。 「桜の花は転勤族なんだよ、パパみたいに。ななもパパのお仕事でよく引っ越しするだろ?転勤は前に住んでた所に戻ることもある。桜の花は一年ごとに転勤してるんだ」 ななちゃんは少しだけ納得しました。でも気になることがあります。 「桜の花のテンキンは出世するエイテン?パパみたいにサセンされたりしない?」 ななちゃんはいつの間にか難しい言葉も覚えていました。お母さんが「パパの転勤は左遷なのよ、全くもう、出世に縁のない男。栄転なら喜んで引っ越しの準備をするのに」 お母さんは独り言のつもりで言ったのに、ななちゃんはバッチリ聞いていました。お父さんは栄転や左遷、出世など難しい言葉を知ってるななちゃんに驚いて、真剣な顔でななちゃんに言います。 「左遷にもいい左遷と悪い左遷がある。パパはね、会社がお金の計算を間違えてるのに気がついたんだ。間違えたら直さなきゃいけない。間違えたことを正しくするために勇気を出して偉い人に言ったんだ。でもね、偉い人は面白くないんだ。自分よりも偉くない奴に間違えてると言われて怒った。だから左遷された」 ななちゃんは少し考え込んでからお父さんに言いました。 「その偉い人は、器が小さいって言うんじゃない?ママがよくパパのいない所で言ってる」 お母さんは慌てて誤魔化そうとしましたが、お父さんはななちゃんの大人ぶった言い方に大笑いしてお母さんを怒ったりしません。 「かもな。偉い人はパパよりずっと器が小さいから邪魔なんだよ」 「パパはママが言うほど器は小さくないと思う。パパが偉くなればいい。偉い人よりもっともっと偉くなって、間違えたことを正しくするのはいいことだって教えてあげればいいよ。パパは正義の味方のヒーローだもん」 お父さんはななちゃんの言葉にうるっと来て、ちょっとだけ泣きそうです。 「桜は綺麗だが杉花粉がな、目が痒い」 お父さんは泣きそうなのを誤魔化します。お母さんは涙を堪えきれずに泣いてしましいた。お母さんの泣き顔を見たななちゃんは、指差して笑います。 「ママがパンダのシャンシャンになってる」 お母さんの涙はマスカラとアイライナーを落としてしまい、黒い涙が頬を伝っています。確かに目の周りがパンダのように真っ黒。お父さんもななちゃんにつられて笑いお母さんに話し掛けます。 「中国に帰ったと思ったのにまだ日本にいた」 お母さんは目の周りをティッシュで拭いて、ちょっと怒っています。 「誰がパンダよ!もう、からかわないで」 ななちゃんは入学式の後にお父さんとお母さんと手を繋いで、葉桜になった桜並木を歩きながら家に帰りました。入学式までは晴れていたのに、帰りは花散らしの雨が降っていました。ななちゃんは真っ赤な新しい傘を差して歩きます。 そして、家に帰って思い付きました。転勤して引っ越ししてしまった桜の花が来年ちゃんと戻って来られるように、帰りの目印を作ろうと桜の花のお絵かきをしました。 「桜の花が糸で出来てたら散らないよね。そうだ、ピアノの発表会で着たドレスのレースみたいにこういう…」 桜の花のレース編みを描いてまた考えます。 「うーんと、そうだ!絵本に出てくるお姫様の髪飾りみたいに、目の所に斜めに下がるように赤いレースを付けて桜のレースとフリルは一番上に目立つようにして…」 ドレスに合わせるヘッドドレスを描きます。今日差していた赤い傘と桜の薄いピンクがアイデアの元です。かわいい髪飾りですが、小学校にはしていけません。 「こういうのは学校にしていけない…。そうだ、ピン留めとヘアゴムなら学校にしていける!」 ななちゃんは、桜のピン留めやヘアゴムの絵を描きます。入学式ですっかり薄黄緑色の葉っぱだけになった桜。 「桜と葉っぱが一緒にいられるように葉っぱも描いて…」 描き終わったお絵かきをお母さんに見せます。 「ママ、桜のヘアゴムとヘアピン作って!」 ななちゃんは一生懸命お母さんに説明します。お母さんはななちゃんの絵を褒めながら溜め息をつきます。 「ママ不器用だから作れない、ごめんね」 ななちゃんはしょぼんとしてしまいました。でも、またすぐ違うことを思い付きました。 「ねー、ママ。ヘアゴムとヘアピンを作れないなら、ふせん作ろう、一緒に」 「ふせん?」 お母さんは首をかしげます。ななちゃんはお絵かき帳にもう一つ絵を描きます。 「そう!折り紙の水色を雲の形に切って、そこに桜と葉っぱをピンクと黄緑で貼る。下に縦長の四角をくっつけて後ろに両面テープを付けたらふせんにならない?」 「いいね、それならママでも作れる」 ななちゃんとお母さんは折り紙で桜のふせんを作りました。お母さんが赤ペンでふせんの縦長の部分に書き足します。 『テストに出るよ』 ななちゃんはテストの文字を見て嫌な顔をします。 「テストは嫌い、幼稚園みたくずっと遊んでいたいのに…勉強も嫌だな」 お母さんは言います。 「勉強も遊びと一緒だよ。新しい事をするのは楽しいでしょ?新しい遊びだよ、勉強は」 ななちゃんは疑い深い顔でお母さんに聞き返します。 「本当に?」 お母さんはうなずいて、新品の国語の教科書を開いてななちゃんに言います。 「さから始まる言葉を先に10個書いた方が勝ち。ゲームしようよ、なな」 タイマーを持ってきたお母さんとさから始まる言葉を10個書くゲームをななちゃんはやりました。 『さかな、さとう、さくら、ささ、さつまいも…』 「ほんとだ、ゲームにすると楽しい!」 ななちゃんはひらがなの練習を頑張りました。国語の教科書には、さっきお母さんと二人で作った、折り紙の雲に浮かぶ桜のふせんを貼ります。お母さんがふせんに「よしゅう(予習)がんばったね」と書いてくれました。 ななちゃんは満足そうに、教科書に貼られたふせんを眺めます。 「ふせんにすれば毎日お花見出来るし、桜はずっと咲いてるから寂しくないね」 お母さんもにっこりと微笑み、ななちゃんも誇らしげに微笑みます。一年生になって頼もしくなった、ななちゃん。水色のふせんに貼りつけたピンクの桜の花びらがほんの少しだけ揺れて、嬉しそうにうなずいたように見えました。糊付けがちょっと甘く、端まで糊がついていませんでした。でも、ななちゃんは折り紙の桜の花も笑ってくれたと信じて疑いませんでした。 (了🌸) 4eab0695-2de6-4739-a2c0-81f3dce90a33 ↑ななちゃんのお絵かき↑ 左上 桜のレース 左二段目 ななちゃんの赤い傘 左三代目 ななちゃんのピン留め 左四段目 ななちゃんの桜ふせん 右上   ななちゃんのヘッドドレス 右二段目 ななちゃんのバレッタ 右三段目 ななちゃんのヘアゴム
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