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この世界に来ていろんなことを経験したけど、一番感動したのは夜空かもしれない。
火を囲み、並んで地面に腰掛ける。
肩に微かな重みを感じて横を見ると、火に照らされて夕暮れのように色めいている瞳が、じっと火を見つめているのがわかった。
「俺の手からはいつもなにかが零れ落ちていくんだ」
唐突に発せられ言葉が酷く重いものに感じる。無言で次の言葉を待った。
「俺は元々公爵家の跡取りでね。両親はとても優しい人だったように記憶している。幼い頃は公爵子息という家柄のおかげで、好きな物はなんでも手に入れることができていた。クリスと出会ったのはその頃だったかな」
二人がどんな人生を歩んできたのかはわからない。
だから、ダリウスが今どんな気持ちでクリスとの出会いを話そうとしてくれているのかも、頭ではわかっても本当に理解してやることはできないことが悔しい。
「クリスは孤児だったんだ。豊かな国とはいえ、貧民は多いのが現状だからね。俺が十二歳、クリスが十一歳の頃だった。家を抜け出して街の中を迷っていた俺に話しかけてくれたのがクリスだったんだよ」
「クリスはどんな子だったんだ?」
「彼はとても心の優しい子だった。迷って腹を空かせていた俺に、自分の分のパンをわけてくれたんだ。次はいつ食事が取れるのかもわからない環境だったにもかかわらずね。とても綺麗だと思ったんだ。純粋で……まるで天使のように美しいと……。皆が彼のことを好きだった。両親が流行病で亡くなって、叔父が公爵家を継ぎ、居場所の亡くなった俺のことを支えてくれたのもクリスだった。自分のように貧困に喘ぐ人たちを減らしたいという志の元、必死に努力して騎士になった彼を尊敬していたよ」
努力して騎士団長にまで上り詰めた人なんだな。クリスのことを教えて貰ったびに、尊敬の念は強くなっていく。
クリスに会うことができたなら、きっと俺も彼のことを好きになったはずだ。それが叶わないことが少し悲しい。
俯くと、長い銀髪が肩を流れ落ちる。
俺はクリスにはなれない。クリスも俺にはなれないんだよな……。
「ツバサ」
「なんだよ」
「俺は君のことをクリスだと思いたかった。一瞬でもいいから、もう一度クリスと話がしたかった。謝りたかったんだ。俺に真心を与えてくれたクリスに、なにもしてあげられなかったことや、助けられなかったことを。さっきだって、ツバサのことを守れないかもしれないと……」
懺悔するように項垂れるダリウスのつむじを見つめる。
俺がダリウスにしてやれることってないのかな。どうやったら、彼の心は救われるんだろう。
クリスの真似をして、許すと言うことは簡単だ。
でも、それは違う気がする。
「ダリウスは俺のこと、ちゃんと助けてくれただろ。ドラゴンが攻めてきたときのことはわかんない。でもさ、ダリウスがクリスのこと本気で助けたいと思っていたその心が大事なんだと思う。お前は凄いよ。だから、いい加減メソメソするのはやめてさ、とびっきりの笑顔をクリスに見せてやれよ」
「……っ、どうやってだい?」
「俺が前世で暮らしていた世界では、亡くなった人たちは星になって空で俺たちのことを見守ってくれてるって言われてたんだ。クリスは凄いやつだから、きっと一番光ってるのがクリスだと思う。ほらっ!あれ!おーい、クリス見てるか~!」
空に向かって思いっきり手を振ると、死にそうな顔してたダリウスが、微かに肩を揺らして笑い声をあげる。
それに気を良くして、更に激しく手を振ると、ダリウスも一緒になって軽く手を振り始めた。
「あ!星が点滅してる!見たか?クリスが返事してくれたのかもな」
「うん。見てたよ……っ……」
ダリウスの瞳から涙が流れているのがわかった。でも、あえてそれには触れない。笑みを浮かべるダリウスが、凄くすっきりとした顔をしていたから。
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