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夜中、ダリウスが眠っているのを確認して起き上がる。リュックの中からランプと鏡を取り出して手頃な石の上に置く。
ナイフを腰から抜くと、長い銀髪を手に取って唇を噛み締めた。
(クリス、俺は同じ人生を歩んでやることは出来ない。きっとお前もそれは望んでいないはずだ。だから、俺なりにこの先の人生を精一杯生きていくよ)
はらりと銀糸が一束地面に落ちていく。それはだんだんと量を増し、周りに銀糸の海ができた頃、鏡には短い銀髪の男の姿が映っていた。
「ツバサ?」
声をかけられて振り返る。身体を起こしたダリウスが、立ち上がってこちらへと近づいてくる。
「ダリウス、おはよ」
「……髪を切ったんだね」
「変かな」
髪先をつまんで尋ねてみる。俺なりのケジメみたいなものだ。綺麗な銀髪を切るのは少し抵抗があったけど、これでいい。
「とても良く似合っているよ」
「へへ、俺もそう思う」
ダリウスの肩に腕を回し、くっつきながら笑う。目が合い、顔が近づいてきて唇同士が触れた。
「ありがとう」
綺麗な笑みを浮かべてダリウスが言う。だから、俺からもダリウスへとキスをする。
髪を切ったのはケジメのようなものだ。クリスとして生きていくこともできたと思う。でも、その選択はしない。俺はツバサだから。あの空に浮かぶ星に届くくらい、凄い冒険者になってクリスを安心させてやりたい。
「飯食ったら出発しようぜ。ダンジョンを冒険するのめちゃくちゃ楽しみなんだよ」
散らばった髪を片すと、リュックから二人分の缶詰を取り出して手渡してやる。この世界の缶詰は日本とあんまり変わらない味だから結構美味しく食べられるんだ。
腹ごしらえが終わったら、装備を確認してダンジョンの入口へと向かう。中は以外にも明るくて、視界不良になることはないようだ。壁掛け松明につけられた火は消えることなく、風に揺られて燃え盛っている。あれも魔法なのかもしれない。
ダリウスの後ろを歩きながら、周りを注意深く観察する。ダンジョンって名前を耳にするだけでワクワクしていたけど、実際に入ってみると結構不気味だ。
「そこは踏んだらだめだよ。罠があるからね」
「了解」
目の前の石床を避けて、前へ進む。やっぱり罠とかあるんだな。
「別れ道だね。右に進もう。こちらの方が安全だからね」
「なあ、ここって何階なんだ?」
「おそらく三階層だ。ダンジョンは世界中に何ヶ所も存在していて、このダンジョンは四階層で構成されているんだよ」
「結構下の方に落ちたんだな」
俺の不注意のせいだ。申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなダリウス」
「ツバサが無事なら、ダンジョンに落ちようと地獄に堕とされようとかまわないよ」
ダリウスらしい回答だ。思わず笑ってしまった。わかりづらいけど、これがダリウスの優しさなんだよな。
右に進むと、広い用水路のある場所へと辿り着いた。上から滝みたいに水が流れてきていて、幻想的な光景だ。
「落ちないようにね。水の中にも魔物が生息しているかもしれない」
言われた通り、用水路から離れて歩く。注意深く観察してみたけど、なにかが飛び出してくる気配はない。
既に三十分程は歩いているのに、魔物が全く出てこないことに違和感を感じていた。それに、神経がザワつくような嫌な感じがダンジョン内に漂っている。
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