繊細なあなたと 11

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「じゃあ成績表返すぞー」 ついに期末テストの結果が返ってくる。 「白石琴子―」 名前を呼ばれて教卓まで取りに行く。 私は頑張った。今までにないほど勉強した。由希ちゃんにもたくさん助けてもらった。 ほのかな期待と大きな緊張を感じながら、薄目で成績表をめくる。 五教科はいつものテストと大差なかった。 副教科は 技術  49/50 家庭科 48/50 保健  95/100 快挙だ!! 技術・家庭科はそれぞれ50点満点だから、副教科は三つとも9割とれたことになる。 そして、順位は――― ―――計 531点 8位 目標の5位には届かなかった。 けれど、自己ベストの10位を更新した。一桁に上がるなんて、とんでもなく前進している! 私はるんるんで帰りの学活を終えることができた。 帰宅時間になる。私が上機嫌に帰り支度をしていると、思い出してしまった。 今日は部活がないので、唯たちと帰らなければならないことを。 教室のドア付近を見やると、すでに帰り支度を終えた4人が、こちらを見ている。 これ絶対待ってくれてるよね... 待たせたからには“一人で帰る”が通用しない。私は4人に合流し、しぶしぶ一緒に帰ることにした。 ――分かってはいたけど、やっぱり今日も2-2-1の1は私なんだ。 なんで私を余らせるのに、この人たちは私のことを待ってたんだろう。 そもそも、私がいつも後ろで一人なのに気づくこともできないんだろう。 そう思うと何だか、前のふたりの会話に食らいつく気にもなれなかった。 結局、道中で私も話しかけない、前の二人も私に話しかけないという構図で、私は一言も発さずに家に着いてしまった。 まあ、いっか。 少し陰鬱な気分になりながらも、そのマイナスを押し込める。 だって、期末の結果を由希ちゃんに伝えられるのだから。 「ただいま」 「おかえり琴子~。テストどうだったー?」 私は笑顔でその結果を報告したのだった。 由希ちゃんは目標の5位に届かなかったことを悔やみながらも、私が自己ベストを更新したことを大いに喜んでくれた。 「じゃあ、琴子なんか欲しいものとか無い?頑張ったで賞ってことで」 「!!」 由希ちゃんはいつも私にご褒美をくれる。本当にありがたいと思いながら、思考を凝らす。 欲しいもの...... あ!そういえば! 最近寂しさを感じていた“あれ”を思い出す。 「あのね―――」 ―――翌日 「本当にこれでいいの?」 由希ちゃんが、私の通学路で不思議そうな顔で問ってくる。 そう、私が頼んだのは“一緒に登校すること”だ。 というのも、出会った日以来、一緒に登校することがあまりなく、ちょうど寂しさを感じたころだったのだ。 「うん!一緒に登校できるのが嬉しいんだよ!」 由希ちゃんは私の言葉を聞いてもなお、うーんと声を漏らす。 「それにさ、ほら今、私のこと涼ませてくれてるじゃん!」 由希ちゃんは私に向けてハンディファンを二台も加動させてくれている。 「中学校は、汗対策グッズに厳しいからね~」 そう。うちの学校ではハンディファンはもちろん、汗拭きシート、制汗剤、その他諸々禁止である。 この長―い坂は日中、陰ることもなく、明るい光(直射日光)に包まれている。 つまり、とてつもなく暑いのだ。 「ほんと、由希ちゃん扇風機のおかげで、汗対策できて幸せ者だよ。私けっこう汗っかきだからさ。」 それに怒られるのが怖くて、制汗剤を持ち込む勇気もないし。 私は比較的、汗をかかずに登校することができたのであった。 ―――4時間目。 今日は体育。しかもこの暑っい時期にシャトルランである。正気の沙汰じゃない。 体育館に集まったままわいわい騒ぐクラスメートたちを、体育教師がいなす。 「じゃあ、走った数を数えるために各自ペア作ってー」 !?!?!?!? 学校生活で一番嫌いな行事と言っても過言ではない。“ペア作り” どうせ唯たちは、それぞれでペアになって私が余る。そんなの分かってる。 なら、私は自力でペアを見つけなければ! そう意気込んで、あたりを見回す。 ほとんどの子は部活が同じ同士で組んでいく。 つまり、そんな中で余るのは、部活に入らなかった、この狭いコミュニティで“浮いている”子だ。 ...一人余るよりはマシだ。 そんな失礼なことを考えながら、私は目の前にいた彼女に声をかけた。 きれいに巻かれた長めのポニーテール。大きな瞳、ちゅるちゅるの唇。体操服からのぞく、細くて白い手足。小柄だが、出るとこは出るナイスバディ。 一見、クラスで幅を利かせていそうな女の子。 けれど、彼女・猫田愛乃はこの教室では浮いた存在である。 実際、私はあまり話したことがなかったため、彼女がどんな人かは良く知らない。8年も同じ教室にいたのに、だ。 「ペアにならない?」 そう声をかけた私に、愛乃ちゃんは笑顔でうなずいてくれた。 ―――『レベル5♪45♪』 小気味良いテンポで音楽が流れる。まさに悪魔の音だ。 きついなー... 私は可もなく不可もない結果でシャトルランを終えた。 交替して、私がカウントし、愛乃ちゃんが走る。 『レベル7♪73♪』 ...見かけによらず結構頑張るなあ。 お人形のような見た目で、ポニーテールを揺さぶりながら走る彼女はとてもキュートだった。 結局、女子では五本指に入る結果で、彼女は走りを終えた。 こちらに戻ってくる彼女に声をかける。 「お疲れ~。80だよ、すごいね」 「ありがとう~!」 キュートな笑顔でお礼を言い、給水に向かう彼女の後ろ姿見て私は驚愕する。 ――汗がポニーテールから滴っている!!!!! 私も汗っかきだけど、愛乃ちゃん、とんでもなく代謝がいいんだな... すごく女子力の高い彼女にそんな一面があったとは。 そんなことを考えているうちに授業が終わり、着替えに向かう。 私はいつもなら唯たちと一緒に着替えていたが、今は距離を置きたいので、離れたところで一人着替えていた。 ――すると、隣からフローラルな制汗剤の香りが漂ってくる。 学校に制汗剤を持ち込むなんてツワモノだな、と思い、そちらへ目を向けると、毛先から汗が滴る巻き髪ポニーテールが見えた。 愛乃ちゃん!? 「あ、愛乃ちゃんのなの?このフローラルな匂い?」 驚きついでに声までかけてしまった。 いきなり私が話しかけたことで、彼女は驚きながらも笑顔で答えてくれる。 「そうだよ~。今使ってるのは、ジャスミンの香りのやつなんだ~。他にも、ラベンダーとか金木犀とか、無臭のスプレータイプもあるよ!」 そう言って彼女は、かわいいクマさんのポーチに入る汗対策グッズを見せてくれた。 「強いね、私持ってくる勇気無いんだよね」 「うーん。愛乃も昔そうだったんだけど、あまりにも汗っかきだから悩んじゃって。それでお姉ちゃんに相談したら、こうなったんだよね~」 彼女の言う“お姉ちゃん”。 愛乃ちゃんはきれいな見てくれにも関わらず、この教室では鼻つまみ者扱い。 それはなぜか。 すなわち、彼女の“お姉ちゃん”の存在である。 この小さな田舎町では、同級生の兄弟事情なんて知りたくなくとも、耳に入る。 かくいう猫田家のお姉さんの噂も。 愛乃ちゃんの五つ上のお姉さん・猫田愛花さんは、私たちが小学生のころ、“パパ活をしている”という噂が立っていた。 というのも、愛花さんが親世代くらいの男性の車から出てくるところを、クラスの誰かが見ていたそうだ。さらに、愛花さんの容姿もだいぶ派手で、露出の激しい服を好んで着ている印象がある。 つまり、彼女の印象と偶然見かけた場面から、田舎の小学生たちの中では点と点がつながり、“猫田愛乃の姉はパパ活をしている“という噂が立ったのだ。 それに加えて、愛乃ちゃん本人もいわゆる“ぶりっこ”な見た目かつ振る舞いをするため、小さな教室では、“浮いた”存在となるには十分だったのだ。 私も元々、彼女のことを嫌っていたわけでは無かったが、お姉さんのパパ活の噂が流れて、皆が彼女を避けるようになってから、私も関わらないようにしていた。 「ねえ琴子ちゃん」 いきなり呼ばれて振り返ると、愛乃ちゃんの大きな瞳が私の顔を覗き込むように見つめていた。 「よかったら、これ使う?」 そう言って、彼女の汗拭きシートを差し出してくれる。 「いやいや、申し訳ないからいいよ!」 私が全力で断るも、 「んーん。これ使ってるの内緒にしてねって賄賂だから!」 「それにね、今日ペアで声かけてくれて嬉しかったから、ありがとうってことで。」 心臓がキュッとなる。 私は彼女とペアになりたくて声をかけたわけでは無い。私が一人になりたくなくて、彼女なら断らないと踏んで声をかけたのだ。 「...じゃあ」 私はその罪悪感を隠すように、彼女の“賄賂”を受け取ったのだった。 給食・昼休みを終えて、五時間目の授業が始まる。科目は社会。 授業に入る前、先生は深刻な表情で切り出した。 「さっき、このクラスの体育後、女子が着替えていた教室から使用済みの制汗剤が見つかったと報告をうけました。ルールあるよな?制汗剤禁止って。」 ――――私だ!!!!!! 背中から冷や汗が流れる感覚がする。私は普段汗拭きシートを使う習慣がないから、使用後バッグにしまい忘れたのだ。 ほんっとうにやらかした!!!!!! クラスには沈黙が流れている。こんな状況で手を挙げて名乗り出るのは、とんでもなく勇気がいる。 どうしよう… そう焦っていると、先生がさらに言葉を吐く。 「毎回毎回言ってるから、今回限りは許さないから。使ったやつ、正直に名乗り出ろ。これで出なかったら、全員放課後居残りだからな。」 怒りを100%乗せたような声で、くぎを刺す。 「えーそれマジ無理。はやく名乗り出ろよー。」 二階堂君が頬杖を突きながら、呆れた、と言わんばかりに愚痴をこぼす。 今回の罪人は、女子だ。女子更衣室から見つかったのだから。関係のない男子勢は、この状況を楽しんでいるのだ。 怖い。けど、こんな雰囲気になったから、さらに手を挙げづらくなってしまった。 どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。 スカートをギュッとにぎり、頭で何度もその言葉を繰り返していると――― ―――「私です」 そう言って、手を挙げた子がいた。 目線をやると、そこにはきれいに巻かれたポニーテールの彼女がいた。 愛乃ちゃん!? 彼女は名乗り出て、教卓の前まで堂々と歩いて行った。 先生は、はあ、とため息をつき 「ちょっと自習しといて。校長室行ってくるから。」 そう言い残し、愛乃ちゃんを連れて教室を出て行った。 残されたクラスメイトたちはお祭り騒ぎである。 「猫田ってやっぱやべーよなwww」 「お姉ちゃんパパ活してんでしょ」 そんな彼女をなじるような言葉が教室を行き交っている。 そんな騒がしい教室の雰囲気の中、私は罪悪感で押しつぶされていたのだった。 ――その後、放課後になっても愛乃ちゃんは帰ってこず、私は謝ることもできずに、学校を終えたのだった。 帰る準備をしていると、 「琴子!」 いきなり名前を呼ばれて振り返ると、ララがいた。 「一緒に帰ろ!」 快活に私の腕を引っ張る。その先には他の三人も待っていて、強制一緒に帰るルートに引きずり込まれた。 …どうせ今日も私は後ろで2-2-1の1なんでしょ。 そう期待せず帰路に就く。 するとびっくり。前列が日向とひより。その後ろが私とララ、一番後ろの1が唯だった。 晴れて今日は、2-2-1の2に昇格した。 どういう心境の変化!? それにララが私を誘ってくるなんて珍しい。 そんな不思議な展開の中、話題は愛乃ちゃんについてに移り変わっていた。 「愛乃ってやばいよね。お姉ちゃんパパ活してるらしいし。どうせ本人も、ろくでもないんだよ。ほら、制汗剤持ってきたり」 今日はやけにララの口数が多い。それも愛乃ちゃんについて。 そんな奇妙な現象の解は、唯が提示してくれた。 「ララって愛乃のこと嫌いだよね。三好のこと取られたから?」 「そうに決まってんじゃん!私が三好と付き合ってたのに、あいつのせいで別れたんだよ!あいつが三好にちょっかいかけたから!」 ララは語気を強めて、言葉を吐く。 そんな彼女の様子に合点がいった。 ララが私を誘ったのって、愛乃ちゃんを一人にしたいからか。 愛乃ちゃんをあの教室で“浮いた”存在にするために、私を引き留めたかったのか。 「だからさ、琴子もあんま愛乃に近づかないほうがいいって!!!」 ララは最後までそんな調子で、私に釘をさしていたのだった。 ―――帰宅後、夕飯を食べながら由希ちゃんに今日あった出来事を話す。 「制汗剤事件かー。あれって買えない家庭の子もいるから、ほとんどの学校で禁止になってるんだよね。」 そんな由希ちゃんの正論に、わざと反論する。 「でも、愛乃ちゃんみたいな、とてつもなく代謝のいい子ってかわいそうだなって思ったんだよね。一律で禁止にされても、汗で悩む子も絶対いるよね」 私の意見をきっちり聞いたうえで、由希ちゃんは口を開く。 「だから多分、学校側もそんなに厳しくしないんじゃないかな。使った痕跡が出なければ、咎めはしない、みたいな」 その言葉を聞いて、今日の私の失態を思い出す。 ああああああ!思い出したら罪悪感で!もう!いっぱいいっぱいで!! そんな私の表情を悟って由希ちゃんが言葉をかけてくれる。 「大丈夫だよ!絶対毎年、誰かバレてるから!」 それもそうだけど、そう言って由希ちゃんは言葉を続ける。 「愛乃ちゃんって子すごく勇気がある子だね。」 「うん、本当に。だからこそ申し訳なさすぎる」 「大切にしてくれようとしてるんだなって思った。なかなかできないじゃん、校長室行きをかばうとか。」 そうだ。 由希ちゃんの言葉で、私のモヤモヤが言語化された気がした。 愛乃ちゃんは私のことを、“大切にしようとしてくれている”のだ。 ララが私を引き込もうとした記憶がフラッシュバックする。ララは私を手段としてしか、見ていなかった。 この落差から、私はある決断をして、眠りについたのだった。 ―――翌日 今日も始業ギリギリに教室の扉を開く。扉付近には、唯たち四人がたむろしていた。 「おはよー」 ギラギラとした目でララが挨拶してくる。 このボディランゲージの示す意味は、「愛乃に近づくな」だ。分かっている。 分かっているけど――― 私は、ずんずんと歩みを進めめていく。 ―――「おはよう」 私は教室の隅で本を読む、ポニーテールの彼女に声をかけた。 背中には、ララたちの視線が突き刺さる。怖い、怖いけど。 私は、“私を大切にしてくれる人を大切にする”。そう決めたのだ。 「おはよ~!」 大きな瞳が輝きを放ったまま細められる。愛乃ちゃんは今日も笑顔で挨拶を返してくれた。 「制汗剤の件、ごめん!多分、あれ私のせいだから...」 私が全力で謝ると、意外にも彼女の反応は淡泊だった。 「いいよ~!あれ愛乃が押し付けたようなもんだし。それに、校長室で涼めたからラッキーだったんだ~」 教室での犯人捜しの時も思っていたが、この子見た目のキュートさに対して、中身がとてつもなく強い...! 「強いんだね」 そう私がこぼすと、彼女は少し考えたあと、口を開いた。 「私さ、すっっっごい汗っかきなの。」 「?」 「だから怒られるとか、そういうのよりも、いかに汗対策をするかしか考えてないからさ、むしろ校長室で涼ませてくれてありがとう?みたいな」 そう言ってケラケラ笑う彼女は、とてもキュートで、とてもかっこよかった。 「もちろん、これからは誰にもバレないように使うよ~」 キュートな彼女に大きな感謝の念を送るとともに、私はもう一つ、ある衝動に駆られた。 彼女ともっと仲良くなりたい。そんな衝動に。 続く
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