39年前(影山一族前日談2)

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第11章 苦悩  重治はそれからだいぶ遅くなって自宅に戻った。そして改めてゆきのことを思った。するとゆきに許婚がいたことが心に重たくのし掛かって来たのだった。それでそれから数日は何もする気にはなれずに家でだらだらと過ごしていた。そして夜になり、床に臥すと決まってゆきの顔が頭に浮かんだ。 (でもどうして私とゆきさんが出逢ったのだろう)  そしてそのたびに重治はそんな思いに包まれた。 (しかも私のツバとゆきさんのかんざしには同じ鳩と木瓜の図が刻まれている。何も関係がないということなどあるだろうか)  しかし重治の考えはいつもそこで行き詰まっていた。それでいつしか知らないうちに眠りについていたのだった。  ところがそれがその日は違っていた。突然頭の中にゆきのかんざしが浮かび上がったかと思うと、それが重治のツバの小柄を通す小柄孔にぴたりと治まったのだった。そのツバの小柄孔は真ん中で仕切られていて、かんざしをそこに通すと髪にさす部分が大きく2つに分かれた。それをあの社の鍵穴に差し込めばあの引き戸が開くのではないかという妄想だった。  重治は一旦そう思うと、それが例え妄想だとしても居ても立ってもいられなくなった。ゆきに会って社に行ってみたいと思ったのだった。それでそれから急いでゆきの家を訪ねた。ゆきの家には手伝いの親戚の人がいたが、重治はそれに構わずゆきを外に連れ出した。ゆきは大町の傳助のお宅に行って来ますとだけ告げて家を飛び出した。それから2人は大町八番地を訪ねると、重治はゆきに傳重を呼び出すように頼んだのだった。 「もう1度だけ社に連れて行ってくれませんか」  傳重は不審な人物を見るような目で重治を見たが、1度許してしまったことを次に断ることは難しかった。しかもまだ15である。親に告げ口すると脅されて、それで仕方なく2人をまたあの社まで案内することになった。 「ゆきさん、かんざしを出してください」  ゆきは社を前に重治にそう言われて持参したあのかんざしを重治に手渡した。すると重治はそれをツバの小柄孔に差し込むとそれは思った以上にしっくりとその場所にはまった。 「そこに彫られているものは、あの社に掲げられているものと同じ図ですか?」  先ほどから黙って2人のやることを見ていた傳重が突然そう言った。 「うん。このツバとかんざしにはこの社の屋根の下に掲げられている図柄と同じものが刻まれているんだ」  傳重は重治から改めてその話を聞かされると驚いた顔をした。 「だから私とゆきさんはどうしてもこの社の中に入りたいんだよ。それはわかるね?」  重治にそう言われると傳重はこくりとうなずいた。 「このツバにも真横から見るとでっぱりのようなものがあります。ですからこれをこの社の鍵穴に差し込めばもしかしたらそれが開くかなと思ったんです」  重治はゆきにそう説明しながら2つを合わせたものを社の引き戸の鍵穴に差し込んだ。そしてそれをゆっくり回すと、それがカチリという音を立てた。 「重治さん、今の音はもしかして」 「ゆきさん、もしかしたら開いたかもしれません」  重治はそう言うが早いか、引き戸に手を掛けて力任せにそれを開けた。するとその戸は大きな音を立てて開いたのだった。 「うわ!」  その時、重治の目にはまばゆい光の粒が飛び込んできて、一瞬にして目が眩んだ。その中には黄金がたくさん積まれているのではないかと思った。しかしそれは違った。その光に目が慣れて来ると、それはどうやら何か別のものが天井から差し込む光を反射しているのだとわかった。 「ゆきさん、入ってみましょう」 「はい」  重治はゆきに向かって手を差し伸べると、その手をゆきが掴んで二人はその社の中へと入って行った。 「この輝いてるものは大判小判?」  ゆきがそう言った。 「ゆきさん、どうやら違うようです。棚の上に何かがたくさん載せてあります。和紙にくるまれていてそれが何だかよくわかりませんが」 「重治さん、ずっと先に一番光ってる場所がありますね」 「ええ」  2人はその一段と光り輝く場所に吸い込まれるように進んだ。するとそれは裸で置かれている書物だった。そこには様々な宝飾が施されているようで、そこに天井からの光が跳ね返って黄金のような輝きを放っていたのだった。 「重治さん、これは何でしょう?」 「書物のようですが」  重治はそう言ってそれを持ち上げようとした。 「ゆきさん、これ意外に重いですよ」 「では書物ではないのかしら」  重治はそれを持ち上げることを諦めると、次にそれをめくった。するとそこには何か文字が書かれているのがわかった。 「何か書かれています」 「ではやっぱり書物なのですね」 「これには元号と男女の名前が書かれています」 「他には何が書かれていますか?」 「いえ、それだけです」 「それだけですか?」 「はい。それだけが他の頁にもずっと書かれてあります」 「ではそれは何でしょう?」 「わかりません」  その時だった。社の外から傳重が2人に呼び掛ける声が聞こえた。 「お二人さん、そろそろ出て来ていただけませんか。あまり長居をすると父に気付かれてしまいます。そうなったら何もかも終わりですから」 「何もかも終わりって?」  傳重の言葉に重治はそう聞き返したが、それに傳重は答えなかった。 「とにかくお早く出て来てください。お願いします」  傳重のその声には切実な思いが感じられた。それで2人は仕方なくそこから出ることにした。
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