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その時、3班は福聚寺から捜索を始めていた。境内には紅枝垂桜と染井吉野が見事に開花していた。一行はその美しい景色に目を奪われたが気を取り直し、捜索に当たった。そのお寺の敷地も広く、本堂、観音堂、文珠堂があったが、やはり人が隠れるのに適した場所は本堂しか見当たらず、その捜索も得るものがなく、あっという間に終わってしまった。
次に彼らはやはり大きな敷地を有する三春大神宮を目指した。途中、正徳地蔵堂があったが、外から中を覗いただけでそこに人がいないとわかったので、そのまま通り過ぎてしまった。
三春大神宮には本殿、神楽殿、白馬舎、松尾神社などがあったが、人が隠れるにしても拝殿くらいしか見当たらず、そこの捜索も一瞬で終わってしまった。それから彼らは法華寺、八幡神社を捜索したがいずれも無駄足に終わった。そして最後に残った愛宕神社に期待を寄せたが、やはり2人を発見することは出来なかった。
「散策路のどこかに隠れていることはないでしょうね?」
愛宕神社の裏手には木々の茂った鬱蒼とした道が続いていた。
「それはもし今回の捜索で2人を見つけられなかったら、その時にこそ捜す場所だから、今はいいだろう」
3班はそれで警察署に戻ることにした。すると最後に残ったのは4班だった。彼らは法蔵寺から捜索を始めて、高乾院、光善寺、龍穏院、馬頭観音、八雲神社と回ったが全て不発だった。まさか、荒町の随所にある、華正院、物外地蔵堂、満願虚空蔵尊、雪村庵などの小さな建物には隠れていないだろうと、そこまで捜索をすることはなく三春警察署へ戻ることにしたのだった。
「では2人はどこにいるのだ!」
4つの捜索部隊が手ぶらの状態で警察署に戻ると、そこで彼らを待っていた首脳部は焦りを隠せなかった。
「2人がいなくなってから、もうどれだけ時間が経っていると思うんだ。このままではゆきさんもどうなっていることだか」
警察署長がそう言ったが、その言葉を町長が途中で制し、先ずは捜索に当たった人々に労いの言葉を掛けた。
「2人が潜伏している可能性が1番高い場所として、三春の神社仏閣の捜索に当たっていただきました。この大火の折、皆さんのご家庭も少なからず被害に遭われたことと思います。それにも拘わらず、一致団結して捜索に当たっていただいたことに先ずお礼を申し上げます。さて、その捜索の結果が先ほど出ました。残念ながら2人を発見するには至りませんでした。それを残念がっているばかりでは仕方がありません。影山ゆきさんの安否も大変気になるところです。またゆきさんに同行していると思われる影山重治さんですが、彼の常葉の実家はこの度の大火で焼失してしまい、ご両親の行方もわかっていません。そのような状況ですので、ここは皆さんにもうひと働きをしていただいて、なんとしても無事に2人を捜し出していただきたいのです。どうか宜しくお願いいたします」
町長の話にそこに会した一同がうなずいた。
「そこでですが、署長、次の捜索はどうされますか」
「そうですね。人が隠れる、或いは避難出来る場所は大方調べたことになります。すると残りは皆さんの自宅の敷地内にあって身を隠せる場所の捜索ということになろうかと思います」
「それは蔵の中とか、個人的に祀っているお稲荷さんとか、そういった類ということですか、署長?」
「はい。その通りです、町長」
「するとそれについて何か皆さんのご意見はありますか。蔵を全部捜すと言ってもそれは並大抵のことではありませんが」
その時高橋は、この三春町にどれくらいの数の蔵があるのだろうと思った。
「町長、お稲荷さんには人が隠れることはその大きさからして無理だと思いますし、蔵と言ってもなかなかよそ様がもぐりこめる場所でもないと思うんですが」
「大火のどさくさに紛れて、他人様の蔵に忍び込んだという筋書きが成り立ちませんか?」
すると熊蔵という男が急に話の輪に入って来た。そして彼は更に話を続けた。
「今回の大火で蔵をお持ちの方は皆さんがその中に避難をされたそうです。蔵は耐火に優れていますから」
そこで今度は町長が熊蔵に向かって話を始めた。
「そうでしたね。幕政時代の大火でも蔵の中までは火が回らなかったと聞き及びます」
「ですから、この大火でそのお宅の家人が蔵に避難したところに、ゆきさんなり、その常葉の男なりが入って来たら、それは見つかってしまうと思うんです」
「そういうことになりますね」
「なのに、そういう報告がないということは、誰かが2人をかくまっているのか、或いは2人は蔵には逃げなかったということになりませんか?」
「熊蔵さんのおっしゃることはもっともです」
高橋はその熊蔵という男が言った、誰かが彼らをかくまっているという言葉に心臓がどきんとした。
「すると蔵にも敷地内のお稲荷さんの類にも2人がいないということになると、後はどこが考えられますか?」
「もしかしたらもう三春から出てしまってるんじゃないですか?」
誰かがそう言った。
「それも考えられますね」
町長はその意見を否定はしなかった。
「しかし、そうだとしても、捜せるだけのところは捜そうじゃありませんか」
「そういえば、影山彦右衛門の社はどうだろう?」
その時誰かが言った。
「それって影山傳助さんのとこにあるあれか?」
「ああ、何が中にあるかは知らないけど、人が2人くらいならゆうに隠れることが出来ないか?」
「確かにそうだな」
捜索隊の誰かが言ったことが次第に全体の意見にまとまりだした。するとそれを町長が拾い上げて、署長に打診した。すると署長はあの社は三春藩の城下町だった頃からの神聖な場所なので無暗に捜索することは出来ないと反対した。それで町長は少し考えた後でこう妥協案を提示した。
「確かにあの社は神聖な場所だ。しかし今は非常事態です。ゆきさんの命も掛かっている。だから捜索ということではなくて、傳助さんに社の中を確認してもらったらどうだろう」
すると周りのみんなはその提案に賛成した。
「では私たち大勢が社に押し掛けて土足で上がり込むのではなくて、傳助さんにお尋ねすればどうかということですね。それなら町の掟にも反しないでしょう。ね、町長、署長」
町長はみんなの反応を伺うと署長を見た。すると署長はだまってうなずいた。
「わかりました。それではこれから私と署長が傳助さんに会いに行って、そして社の中を確認してもらうことにします」
「それでは私たちは今日のところは解散ということで宜しいですか?」
「はい。今日はありがとうございました。お疲れ様でした。またもしかして何かありましたら、その時は宜しくお願い致します」
町長のその言葉によって捜索部隊は解散した。
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