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第18章 神父の追求
しかし2人が帰ったすぐ後だった。今度は三浦神父が傳助を尋ねて来たのだった。傳助は今度はどんな用かと思ったが、神父もゆきと重治が社の中に隠れているのではないかという話を始めた。それでまたその話かと思った。
「実はさっき町長と警察署長がここへ来て同じことを言って来たんですよ」
「知ってますよ。すぐそこでお二人と会いましたから」
「それではお捜しの2人はいなかったと聞きませんでしたか?」
「傳助さん、本当に彼らは社の中にいなかったのですか?」
「何を言われますか。ちゃんとこの目で社の中を確認したんですよ」
「それはざっと見たのではなく、じっくり見たのですか?」
傳助は神父に痛いところを突かれたと思った。それで表情が少し歪んだ。
「傳助さんはいるはずがないと思っていたのでしょう。それでいないという前提で社の中をご覧になったのでしょう。そうだとすると本当にいなかったとは言い切れないのではないでしょうか。なんせ彼らは警察に追われているのです。必死なんです。そんな2人がそう簡単に見つかるような隠れ方をしていますか?」
傳助はそこまで神父に言われて観念した。
「神父さん、その通りだ」
「傳助さん、私はあなたを責めているんじゃない。ただ面倒なことは私に任せて欲しいと言っているんです」
「それはどういう意味ですか?」
「ですからもう1度私と社に行ってもらえませんか。社の中は私が捜しますから」
傳助は神父がどうしてそこまでしてその2人の行方を捜したいのかわからなかった。それでその返事に迷っていた。
「傳助さん、私は彼らを捕まえて警察に突き出そうというんではないのです。そうではなくて彼らが可哀相なんですよ」
「彼らが可哀相?」
「あの2人が滝桜で逢引をしていたことはお話ししましたね?」
「ええ」
「つまりゆきさんは許婚を嫌がっていたんです。何せ親が無理矢理決めた許婚でしたから」
「では神父さんは好きでもない男と一緒にさせられるゆきさんが可哀相だと言うんですね?」
「ゆきさんだけではなく、相手の重治さんも可哀想だと思っています」
「すると神父さんが彼らを捜している理由というのは?」
「彼らを逃がしてやりたいのです」
「駆け落ちをさせるんですか?」
「親に反対されていればそうなりますね」
「でもどうしてそこまでして彼らの味方をするんですか?」
「彼らはこの前、ここの社にある過去帳に名前を書かれてしまいました」
「はい」
「つまり彼らはこの三春では決して結ばれてはいけない二人になってしまったわけです」
「掟ではそうなりますね」
「しかしその一方で私が信じる神は結婚を男女の自由で平等な結びつきだと説いています。ですから本当に好き合っている者同士が結ばれなくてはいけないのです。ゆきさんと重治さんはお互いが好き合っています」
「それは矛盾していませんか。一方では一緒になってはいけないと言い、他方では一緒になるべきだと言ってますよね?」
「いいえ、決して矛盾などしていません。この三春では一緒になれないと言っているのです。つまり三春から出てしまえば一緒になるのも自由だと言ってるのです」
「なるほど」
「それで彼らを何とか見つけ出して逃がしてやりたいのです」
「ゆきさんの許婚の惣吉さんが殺されたという話を聞きました。彼らが関係していると考えた方が自然なような気がするが」
「それは2人を見つけた時に詳しく尋ねてみましょう」
「わかりました。2人がそこに居るかはわかりませんが、もう1度社に行ってみましょう」
傳助はそう言うと社の戸の鍵を持ち、神父を連れだって林の奥にある社に向かった。
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