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「ん、鍵が開いている」
しかし社の前に来ると傳助はそうつぶやいた。
「どうかされましたかな?」
「いや、社の鍵が開いているんです」
「掛け忘れなどということはござらんかな?」
「いえ、決してそのようなことはありえない」
「では傳助さんの家人がその鍵を開けてそのままにしたとか」
「いや、それもあり得ない。何故ならここの鍵は一つしかないし、私が肌身離さず持っているのですから」
「そうなんですね」
三浦神父は固まっている傳助を横目に社の扉を静かに開けた。するとそこにはこの世のものとは思えない美しい輝きに満ちた世界が現れた。神父はその社に入るのは初めてではなかったが、それでもその超然とした景色に我を忘れてしまった。すると入口で立ち止まってしまった神父の後ろから傳助が彼を中へ押しやるように入って来た。そして社の中をじっくり見渡すとそこに2人の人間の影を見つけた。
「誰だ!」
傳助の叫ぶ声が社の中に響き渡った。するとそこにいた2人は観念したのか、奥からゆっくりと出て来た。
「あ、ゆきさん」
すると女の方は2人が見知っているゆきであった。
「ではそちらのお方は常葉の影山重治さんかな?」
続いて神父が男の方にそう尋ねた。
「はい」
それで男はそう答えた。
「ずっとここに隠れていたのか?」
「はい」
ゆきは始終黙っていたので、質問には重治が答える形になった。
「警察や消防組が君たちのことを捜索していると聞いている」
「はい」
「何でもゆきさんの許嫁の惣吉さんが亡くなったと聞いたのだが、お二人はそのことをご存じか?」
「はい」
「死因はこの大火によるものではないと聞いたが」
しかしそれには重治も、ゆきも返事をしなかった。
「まあ、この中にいつまでも身を隠しているわけにはいかないだろうから。ね、傳助さん、とりあえず母屋の方で2人の話を聞いてみるというのはどうだろうか」
「そうですね。母屋は家人がいるから、離れではどうだろうか、神父さん」
「結構です」
それでゆきと重治は傳助と神父に連れられて敷地内の離れに向かった。離れに着くと重治は間髪入れずに傳助と神父に東京に逃がして欲しいと懇願した。
「重治さん、東京に行くってそれはどういった理由で言い出したことなんですか。だってあなたにはご両親がいるでしょう。それにこちらのゆきさんにもお父様がいらっしゃる。この度の許婚のことだって、そのまま放っておいて東京に行ってしまうなんて随分身勝手じゃないですか?」
4人は火の入っていない掘りごたつに腰かけて、ゆきと重治、傳助と神父に分かれて向かい合っていた。ゆきはずっと下を向いたままだった。傳助は肘を組んでじっと重治の顔を凝視していた。そこで重治と神父が対話する格好になった。
「無責任なのはわかります。しかしもし今、私とゆきさんが出て行けば必ず捕まってしまいます。そして捕まってしまえば濡れ衣を着せられて死刑になってしまうかもしれません」
「濡れ衣?」
「ええ。私もゆきさんも無実だからです」
「すると惣吉さんのことは無関係だと言うのですね?」
「あいつはいきなりゆきさんに襲いかかって来たそうです。それは許婚だって許されないことです。それで咄嗟に近くにあった石でゆきさんがなぐりつけたところ動かなくなったそうです」
「すると何て言ったかなあ。確か正当防衛とかいうのだと言いたいのですね」
「はい」
「では警察にもそう言ったらどうですか?」
「でもその証拠は何もありません。しかもあいつは名士の家柄だと聞きました。そのような状況でとてもその正当防衛を認めてもらえるとは思えません」
「うむ」
「そこで私とゆきさんはこの三春から逃げて、遠くの、そう、例えば東京に行って、そこで暮らそうと話をしたのです。そして暫くして落ち着いた頃、それぞれの親に連絡をして事情をわかってもらおうと思ったのです」
「そういうことですか」
そこまで重治が話をすると、そこで初めて傳助が口を開いた。
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