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第7章 うつせみ
「まあゆきちゃん、本当に暫くぶりね」
「大叔母さま、ご無沙汰してます」
「ゆきちゃん、その呼び方はやめて、私はまだそんな歳じゃないのよ」
ゆきの大叔母は今年38だった。ゆきの祖母とは23も歳が離れていた。
「叔母さんで結構だから」
「はい、わかりました」
「それでゆきちゃん、今日はどんな御用かしら」
「今日は叔母さんにかんざしのことを伺いたくて寄らせてもらいました」
「かんざし?」
「はい。母が祖母から頂いたという、べっ甲に桜の文様を螺鈿と金の蒔絵を使って表したかんざしです」
「ああ、あれのこと?」
「叔母さん、ではご存知ですか?」
「ええ」
「では、あのかんざしは何か意味が込められているのですか?」
「意味?」
「はい」
「意味は母親から長女に受け継がれるものということかしら」
「長女に?」
「ええ、それで二女だった私には譲られなかったの」
「そうなんですね」
「代わりに偽物をもらいましたけどね」
「偽物?」
「ええ。べっ甲の偽物のかんざしを母からもらいましたよ。本物はゆきちゃんのおばあさん、つまり、私の姉が受け継いだのです」
「ではあのかんざしには本物と偽物があるということですか?」
「ええ、本物は長女から長女へ受け継がれるのよ。だからゆきちゃんは、あのかんざしを大切にしてね」
「はい」
そこで2人の会話が途切れた。するとその機をうかがっていた高橋がゆきの大叔母に話を始めた。
「昭進堂の高橋というものですが」
「ええ、知ってますよ。何度かお店に足を運びましたから」
「毎度ありがとうございます」
「今日はゆきちゃんのお供で来られたのですか?」
「はい。ゆきさんのかんざしがどうも気になりまして」
「昭進堂さんは三春の骨董などに詳しかったですものね。お店にたくさん飾ってありましたね」
「よく覚えていらっしゃいますね。それでゆきさんから以前このかんざしについてお尋ねがあったのですが、それがよくわからなかったものですから」
「そうだったんですね」
「今お話を伺っていると、これには本物と偽物があるとか」
「ええ、本物はゆきちゃんが持ってる物がそうです。そして、私が母から譲られた偽物は娘の舞に受け継がれて行きます。このかんざしは本物が1つと、偽物が1つしかないのです」
「そうなんですね」
「偽物と言ってますが、本物のうつせみという言い方が正しいのだと思います」
「うつせみですか?」
「ええ。本物が光だとしたら、その光から決まって生じる影が偽物なのです」
「どういう意味でしょう?」
「ごめんなさい。私も母から偽物を譲られた時にその言葉を聞いただけですので、詳しいことは知らないんです」
「そうですか」
高橋はゆきの大叔母の答えに残念だという顔を隠せなかった。
「ではもしゆきさんがいなくなったら?」
すると高橋はつい、ゆきの大叔母の話を受けてそんな質問をしてしまった。
「その時はその本物のかんざしは私のところに譲られるの。そして私から私の長女である舞に行って、それから更に舞の長女に手渡されるのよ」
「かんざしには鳩と木瓜の図が刻まれていました。それについては何かご存じでしょうか?」
「いいえ。私の譲られた偽物にはそのような図は刻まれてはいないので。ですから本物を譲られたゆきちゃんがそのことについて母親から聞いているのではないですか?」
そう言われて高橋はゆきの顔を見た。しかしゆきは首を横に振っただけだった。
「ごめんなさい。ですから私はほとんど何も知らないの。うつせみの持ち主には何も聞かされていないの」
「いいえ、貴重なお話をありがとうございました」
3人はゆきの大叔母に聞けることはこれまでだと判断して帰路につくことにした。
「そちらの方はどなたですか?」
その時、ゆきの大叔母がそれまでずっと黙っていた重治を見て声を掛けた。
「紹介が遅れました。常葉の影山といいます」
「影山ということは、私の記憶にはないのですが親戚の方ですか?」
「今は他人同然ですが、かつてはかなり近い関係だったようです」
「そうなんですね」
ゆきの大叔母は重治の説明がよくわからなかったが、そう返事をした。
「ゆきちゃんのお供で来られたのですか?」
「はい」
「それは遥々、ご苦労様でした」
「いいえ、では失礼します」
重治がゆきの大叔母にそう挨拶をしたので、後の2人も軽く会釈をしてその場を立ち去った。
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