3.ストーリー

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「じゃあはい。どうぞ私のメモリを受け取って」 アンコール終了後。楽屋へ行くとそこには腕を広げたストーリーがいた。 ライブをする前よりも機体の損傷箇所が増えており、また全体的に規定値を超える発熱をしている。 「『異世界に行くからしばらく活動休止します』という言葉だけで、ファンの方は納得するのですか? 客席は騒然としていましたが」 「日本ではみんな納得してくれたよ? 誰も楽屋に殴り込みに来てないってことは納得したんじゃない?」 ほらほら、とストーリーが手を上げ下げして催促する。 キリエは渋々、無線でストーリーにひとつのファイルを送信した。 「シトロフォートの詳細は今共有した情報の通りです。完成は10年後の予定で、一度移住したらもうこの世界に戻ることは出来ません」 「私とてアンドロイドだよ? 言語化しなくても分かるって」 「……では、始めます」 対象アンドロイドとの無線接続を確認。 メモリの移行を開始します。 メモリ移行中。 残りおよそ15分。 14分。 13分。 13分。 「なんか、さっきより長いね」 「あなたの機体に生じているオーバーヒートの影響だと思います。時折接続が切れてしまいそうになるほど不安定になってますから」 「なるほどね、じゃあ最後の晩餐ができるわけだ。私あれ食べてみたかったんだよね〜、日本のカップラーメン。確かイライの晩御飯じゃなかった?」 「お前の晩餐にしたら俺はなにを食えばいいんだ。液体燃料か?」 「頼むよイライぃ〜」 「10年後に俺を責めるなよ」 「私からしたら一瞬だっての」 ふんふんと鼻歌を歌い、楽屋を出るイライの背中に手を振る。その姿はまさにご機嫌そのもの。 だがバタンと扉が閉まった瞬間、静寂が2機のアンドロイドを包んだ。人間のように常に動いていたストーリーが、まるで機能停止したかのように静止する。 「……エラー、起きてないよね」 声のトーンが1つも2つも下がっている。ストーリーが纏っていた太陽のような空気がしんみりしたものへと変わっていた。 ストーリーが髪を手ぐしで梳かすと、パラパラと毛髪が抜けていく。焼き切れた根元が、オーバーヒートの深刻さを表していた。 「まだ問題は起こってません。このままオーバーヒートが続けば確かにエラーが起こる確率は上がりますが」 「そう……あ、ライブ、どうだった? 楽しかった?」 「はい」 「……え、それだけ?」 「楽しかったです」 「えーもっと具大的に言ってよ。アンドロイドなら語彙は豊富にあるはずでしょ?」 「具体的……具体的、ですと…………えっと……」 「そんなに悩む!? 君見た感じスペック高いのに意外だなぁ」 「すみません。初めての情報だったので、処理が済んでいなくて……」 「はーなるほどね。まあそのレベルで楽しんでくれたってことなら、私も歌手冥利に尽きるよ」 残りおよそ12分。 「観客は機材トラブルに慣れていたようでしたが、あれがデフォルトなんですか?」 「え、違う違う。ただのメンテナンス不足。日本にいた時はもっと大人しかったんだよ? 同時並列処理は負荷がかかるからライブやる度にオーバーホールしてたし」 「そうでしたか」 「そうそう。だけど革命が起こってから修理してもらうことが出来なくなって、部品も手に入らなくなって、こんな身体に。あ、でもイライのやつ未だに夜になると食指が動くみたいなんだよ凄くない?」 「いえ、食欲がそがれるほどあなたは醜くはないと思いますよ」 「いやちがそういう意味じゃ……キリエさ、天然って言われない? あ、『人工物です』とかって答えなくていいから、分かってるから」 残りおよそ10分。 「ねぇ、シトロフォートに日本ってあるの?」 「アメリカを優先して開発していますが、計画にはあります」 「ほんと? それは楽しみだなぁ。ねぇ、キリエはシトロフォートに移住してみたいなぁとか思うの?」 「人の手で造られた世界を見てみたいとは思います。私が移住することはないと思いますが」 「えぇー、じゃあもう君とは会えないのか。それはそれで寂しいなぁ。ね、キリエも寂しいでしょ? 私と会えなくなるの」 「いえ別に」 「コラ、そこは寂しいって言うの!」 「すみません……」 「まったく……人よりアンドロイドと接する機会の方が多いからだろうけど、そのままじゃ『人らしさ』が消えてロボットっぽくなるよ。コピーのコピーなんて劣化物にしかならないんだから、もっと私たちのオリジナルである人間と話さないと。そのままだといつか政府に目付けられるよ」 「はい……」 「……にしてもイライのやつ遅いね。監視カメラで覗いてみよっか」 「移行が失敗してしまう恐れがあるのでシステムを中止してください」 「えぇ、だからそういうところ……いや今回は君のが正しいけどさぁ、もっとこう、遊び心? 的なの持とうよー」 残りおよそ8分。 「……ライブ前にさ、変に急かしたてるようなことしてごめんね。本当のこと言うとさ、怖かったんだよ、さっきのライブ。もうこの機体ボロボロだから、ぶっちゃけいつ壊れてもおかしくなくて。みんなの前で死ぬのが怖かったの」 「こちらこそすいません。あなたの事情を何も考えず」 「いいのいいの。確かに何も言わずにバックれるのはダメだなって私も思ったし。それに今更セーブしたところでこの機体の故障が治るわけじゃないからね。前々から……君がここに来るまでは覚悟はしてたから」 『アンドロイドが結託して人間に逆らい始めたらどうするんだ』 これは反アンドロイド運動を牽引した政治家の言葉である。 アンドロイド同士のコミュニケーションは本来会話を必要としない。なぜなら大概のことは情報の共有だけで済むからである。 最初は政治家の言葉を聞き入れなかった政府だったが、アンドロイド生産数の急増をきっかけにある法律を定めた。『生産者はアンドロイドが人間が理解できる手段でコミュニケーションを取るように開発すること』と。 残りおよそ5分。 2機のアンドロイドは沈黙の中で佇んでいた。微動だにせず、置物のように、ただただそこに居続けるために稼働する。 キリエが、伏せていた顔をあげた。 その瞬間バタンと、勢いよく扉が開け放たれた。 「来やがった!! 警察が上にいる。誰かが流出させてたんだ、キリエがここに来た時点で疑うべきだった!」 キリエの検索機能は警察の持ちうる捜索技術とは一線を画した性能をしている。だが、それを以てしてもストーリーの居場所を特定することは困難だった。キリエがここに辿り着けたのはわずか8%の確率が奇跡的に当たっただけである。 そのためキリエも、警察がストーリーのもとへ辿り着く確率を極めて0に近しい数値で見積っていた。 「今、みんながあれこれ嘘ついてはぐらかしてる、けど! この場所もきっとすぐにバレる!」 「イライ、でもまだ移行が……」 残りおよそ2分。 「ぶち切りしちまえそんなもん! お前が死ぬよりかは何倍もマシだ! ちょっとのデータくらい神様にでもくれてやれ!」 残りおよそ_____ エラー。 問題が発生しました。 メモリの移行を中止します。
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