3.ストーリー

5/7

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
3人は楽屋を抜け、今は物置として使われている部屋で身を隠していた。そこには山積みに置かれたお酒やワイン樽、音楽機材などが無造作に置かれているため、身を隠すには絶好の場所である。 「……だめ、監視カメラが壊されてる。どこにいるのか分からない」 「スピーカーから超音波は出せますか? 反響音がキャッチできれば私が探知できます」 「接続して。共有する」 元は民家だったこのライブハウスには地下室が2つある。1つは楽屋として利用している小さな部屋、もう1つは今3人がいる物置き用の大きな部屋である。 2階に通じている階段は物置部屋の中央にあり、階段はステージの脇に繋がっている。 「みんなにはなにがあっても地下には来ないように言ってある。階段に人影が見えた時点でそいつが警察だ」 「警察は何人いたんですか?」 「さあ。そういや上にダブルデートしてる奴らがいたな。ここはカップルお断りだっていうのによ」 地下階段を隠していたハッチが開かれる。2人が階段を降り、1人は中に入らずハッチの前で待機している。大勢の人が1箇所に集められているため、残りの1人は恐らく彼らの監視をしているのだろうとキリエのAIが推測する。 その情報を共有しようと口を開いのも束の間、警察の耳に装着されている小型通信端末にひとつの無線が入る。キリエはすぐさに周波数を特定して内容を盗み聞いた。 「……アンドロイドを見かけ次第発砲しろ、と指示されています。なので強行突破は難しいかと」 「つまり3分の2の確率で撃ってくるのか」 「いえ3分の1です。私は非正規のアンドロイドなので警察に把握されていません。刻印を隠せば人として扱われます」 「……は?」 バンッと、拳銃による発砲音が響いた。音の発生場所からして、監視をしていた警察によるものであることが分かる。 暴れないように牽制するための発砲だ、とイライが言う。 「しっかりと連携の取れた動きです。この部屋は死角が多いですが見つかるのも時間の問題かと」 「んなこと人間の俺にも分かってんだよ」 「イライさん、あなたは囮をお願いします。私の言うルート通りに楽屋に戻ってください。私たちは足音も声も消せますが、あなたには不可能なので」 「俺が邪魔だって言いたいのか」 「イライ、お願い」 ストーリーがそう言うと、イライは渋々開いていた口を閉じた。そしてストーリーの唇にキスをしてから、身をかがめて彼は楽屋へと戻って行った。 ぎしりと階段の軋む音が響く。酒瓶の山の向かい側には防弾チョッキを着た警察が2人おり、全く同じ形状の黒いアサルトライフを携えている。 SWAT、それも対アンドロイド戦に特化した精鋭部隊だとAIが告げる。 キリエが演算していた逃走成功確率がガクンと下がる。 『ありがとう。私の大事な人を守ってくれて』 無線でキリエにその文章が共有される。データ容量や正確さを考えると対アンドロイド用のコミュニケーションプログラムを使用するべきなのだが、送り主であるストーリーは対人間用のコミュニケーションプログラム……いわゆる言葉を使用してキリエに情報を伝えていた。 なにを、なにが、なぜ。キリエが足りない言葉を補完しようとするも、コミュニケーションに関するスペックがまだ未熟なためにそれが適わない。ストーリーがなにを言いたいのかが分からない。 『ありがとう。私を分かってくれて』 ストーリーは移行中に生じたエラーが()()()()引き起こされたものではないと分かった時から、こうするしかないと考えていた。 メモリの移行が完了することはない。ならばせめてと、ストーリーはゆっくりとキリエを押し倒し、その首に手を伸ばした。 『ありがとう。私に時間をくれて』 ファイルの保存を完了しました、とキリエのシステムが告げる。それはストーリーから送信されたものだった。ファイルの中身を覗き見て、ようやくストーリーの行動の意味を理解する。 『ありがとう。私と会ってくれて』 エラー。 問題を検出します。 再試行します。 エラー。 問題を検出します。 再試行します。 エラー。 エラー。 エラー。 『ありがとう。私が_______』 警告。 頚部の圧迫を確認。 対象アンドロイドに機能停止信号を送信____取り消しコマンドの入力を確認。 自己防衛システムを起動____取り消しコマンドの入力を確認。 本部にSOS信号を発信____取り消しコマンドの入力を確認。 発信を取り消しました。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加