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頬の刻印を消すことはできないが、迷彩機能を使えば隠すことができる。そうすれば、アンドロイドは人間とほとんど見分けがつかない。
しかし刻印にまで迷彩機能を適用できるアンドロイドは数が少なく、一般に市場に出回ってるアンドロイドには不可能な芸当だった。
「ではアシュトン夫妻のご自宅に警察が入ったのを見たのですね」
「ええ、2ヶ月くらい前だったと思うわ。パンパンになったアンドロイド専用の廃棄袋を持った警察が、そこの青い扉から出ていったのが見えたの」
「それは比較的静かに行われていましたか?」
「ええ。アンドロイドが暴れるとか、脱走するとか、ニュースで見かけるようなことはなにも起こってなかったと思うわ。アシュトン夫妻は2人とも落ち着いていたもの」
アシュトン夫妻住宅の後ろ側にあるアパートメント。そこの2階に住む若い女性は、膨らんだ大きなお腹を撫でながら答えた。
「アシュトン夫妻はアンドロイドをどのように利用されていたのでしょう?」
「どのようにって、子供型アンドロイドを買う理由なんてそれほど多くはないと思うけど」
「では子供代わりとして利用を?」
「そうなんじゃない、よく知らないけど。あの夫妻、数年前に……」
女性に手招きされ、キリエは促されるまま耳を傾けた。「息子さんを事故で亡くしてるの」と、空気の籠った声をキャッチする。
キリエはその場でインターネットにアクセスし、この辺りで起こった事故について検索した。スクールバス転倒、という記事が見つかる。
「でもさ、アンドロイドに子供の代わりなんて、務まるわけないと思わない?」
女性はお腹をさすり、まるで子供に語りかけるように話す。
キリエは「務まります。需要がないアンドロイドは生産されません」と答えると女性は鼻で笑った。
「背は伸びないしご飯も食べない、プログラムされた動きしかしない。虚しくなるわよ、そんなのが家にいたら。私だったらそんな人形に愛なんて芽生えないわ」
子供型のアンドロイドには確かな需要がある。けれど他のシリーズと比べて返品を要求する購入者の割合が高いのもまた事実だった。
返品理由は様々だが、アンケートでは『心理的に不快だから』という項目のチェックが最も多い。
「そういうものなのですか?」
「ええ、そういうものよ。それにしてもあなた、まるで機械みたいね。無愛想過ぎて少し怖いわ」
「過去に事故で表情筋を失いました。でも心配なさらず、私は快適に生きています」
「そうでしょうね、そうとしか思えないわ。でもあなたはきっと、この時代に産まれたことをいつか後悔する」
キリエは首を傾げた。搭載された人工知能がその言葉の意味について様々な推測をするが正解は分からない。
「なぜですか?」
「さあ? 気配り上手で、仕事ができて、笑顔だってお手の物。あなたの代わりは案外、すぐ近くにいるかものかもね」
さようなら。そう言って女性は部屋の中へと戻っていく。
キリエは扉が完全に閉まるまで立ち尽くしていたが、数秒ほど経過するとなんの前触れもなく動き出した。
博士のもとに『代替機の情報が一般人に漏洩している可能性あり』と短いメッセージが届いたのはその1秒後の事である。
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