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3.ストーリー
夜。浮遊する看板が煌々と光の文字を照らす。
歓楽街の人間は大半が酒を片手に持っており、街はアルコールと汗、吐瀉物の匂いが充満していた。
ショットグラスを握っていたキリエは声をかけてくる人間の隙間を縫い歩き、閑散とした裏路地へ行く。そこには色の落ちたレンガの壁しか広がっていないが、ひとたびキリエが壁に触れると白い扉が顕になった。
「ストーリーのライブハウスで合ってます?」
「ストーリー? 知らねぇな」
「それがここのマナーということは伺っています。いるんですか?」
歌唱用アンドロイド、ストーリー。かつて日本で爆発的な人気を博し、2年前に待望のワールドツアーを開催。だがアメリカツアー中に運悪く革命に巻き込まれ、ストーリーは日本に帰ることもできず追われる身となった。
長らくその機体は行方不明となっていたが、キリエはとある情報を掴んでいた。
『ある歓楽街のライブハウスでストーリーは今も歌を歌っている』、という情報を。
「ストーリーに話があります。ここにいるんですか?」
「ストーリー? 知らねぇな」
「はぐらかさないでください。真面目に、彼女と話さなければならないことがあるんです」
「真面目に、ねぇ。真面目な人間がこんな所に来るはずないんだけど、君入る店を間違ってない? ワシントンまで案内しようか?」
「私は政府の人間ではありません。セカンドライフプロジェクトのアンドロイドです」
キリエが頬の刻印を隠していた迷彩を解除すると、相手をしていた男は酒を吐き出した。スタジオ内に甲高い悲鳴があがる。
「お前……ストーリーに、何する気だ」
「提案です。アンドロイドだけの仮想世界に来ませんかと尋ねに来ました」
「それは都市伝説だろ」
「現在進行形中のプロジェクトです」
「証拠はあんのか? あ?」
「メモリ収集用アンドロイドである私が稼働していることが証拠かと。メモリの回収、保護を行っている組織は他にありません」
淡々と質問に答えていると、キリエの周りに集まるガヤが増えていく。
その中の1人、黒いジャケットを来た男が一歩前に出た。キリエの検索機能が作動し、ストーリーのマネージャーである人物と彼の姿が合致する。
「予算が心配になるプロジェクトだな。金さえあればもっと良いアンドロイドを手配できただろうに」
「確かに予算は懸念点のひとつです。お気遣い頂きありがとうございます」
「……ストーリーとは似ても似つかないアンドロイドだな。奥の楽屋にいるよ、着いてこい」
「ありがとうございます」
イライ カサガイ。元歌唱用アンドロイド専門の調律師で、日本で活動していた頃からストーリーを支えているマネージャー。
イライに対する不満の声が聞こえてくるが、彼はまるでそれを意に返さない。ポケットに手を突っ込んで気だるそうにキリエの前を歩く。
「イライ、正気か。こんな得体もしれないアンドロイド、さっさと追い返すべきだ」
「得体の知れた存在がこの世にあるかのような口ぶりだな」
「イライ!」
「まあ任せろよ、俺はただのストーリーの奴隷だ」
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topic2
アンドロイドに必要なもの??
これまでのアンドロイドは玉乗り型や四駆型など人体とはかけ離れた姿をしており、『生きているように感じる、または人間のように触れ合っている』という利用者は少数派であった。
しかし世界的プログラマー、キーノ・グラースによってアンドロイドは直立二足歩行を獲得。二足歩行型のアンドロイドが普及するのと同時に、『生きているように感じる、または人間のように触れ合っている』という利用者は急増し、二足歩行型アンドロイドの売れ行きに拍車がかかった。専門家によればこの現象は同族意識によるものと考えられるらしい。
このことを踏まえると、今アンドロイドに求められているのは機能性やバリエーションなどではなく、人間に愛着を持たれるような愛嬌だと考えることが出来るのではないだろうか。
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