死体の誕生

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死体の誕生

 彼は死んだ。  空虚な瞳に生気は感じられず、やけに温かい手とのアンバランスさが奇妙で不可解で怖かった。生と死が混ざり合った空っぽの怪物がただ座っている。  そんな死体を連れて帰るように言われ、ふたりの家へと招き入れた。きろきろと大きな目を動かして辺りを見渡すそれに部屋の中を案内して、ここは自分と彼が一緒に住んでいる場所だと説明する。そこそこ大きく綺麗な新築マンションの三〇六号室。駅まで徒歩七分、コンビニとスーパーまでは徒歩四分。大きなリビングにオープンキッチン、個人の部屋が一部屋ずつ。家賃も生活費も折半して住んでいたと。  私が家にいるのは嫌か聞けば、相変わらず何も映さない瞳でじっと見つめられ、胸がざわめくような不快感に耐えているうちにぼそりと答えた。  あなたが気にしないなら、俺も気にしない。  気持ちが悪かった。知った声で知らない音を出す、知った顔で知らない表情をしている、知った体で知らない形をしている。間違いなく死んでいた。空の瞳で低く唸るような声で一切の表情もなく、まるで身体の動かし方がわからないとでも言うかのように鈍く動く。これが死体でなければなんだというのだろう。  居心地が悪い。胸に冷たい風が吹き込むような心地がする。低いのか高いのかわからない耳鳴りがする。指先が冷えきって温まる気配がない。思考がどうにもまとまらない。ただ座っているだけなのに体が緊張して苦しい。気を抜くと目から涙がこぼれそうだ。落ち着かない指で全く乱れてもいない髪を耳に掛けるのは何回目?  彼は死んだ。  子どもを庇って代わりに車と衝突、強く頭を打って。漫画やアニメのような型にハマりきった事故だと笑ってしまいそうになるが、身近に起こるとこうも認めたくないものなのか。白雪を染める赤のコントラストは変に美しく不気味だった。  目の前にいる男はあの快活な笑い声を上げず、きらきら光る瞳で私を見ることはなく、長い足で元気に歩き回ることもない。だとしたら、やはりこれは死体なのだ。重要なものが欠けている。正常に動く身体と心臓では足りない。  彼が彼たるものが、すっぽりと抜け落ちていた。
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