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告白 一
「じゃあ、彼とは仲良く暮らしてるんだね」
「はい。まだまだキキョウのチケット残ってるので、なんだかんだ二週間に一回は必ず一緒に出かけたりもして。まぁカガチさんの方は私を意識したりはしてないんですけどね」
少し自嘲気味に言って温かいカフェラテを口に運ぶと、同じタイミングでカップを持ち上げた睦月さんの釈然としないような顔が目に入った。好きなもの奢るから、とバイト終わりにカフェに誘ってまで近況を聞きたがったのは彼なのだが、この反応を見るにあまり面白くなかったのだろうか。
「……でも、さ。元の神無さんの夢も見たんでしょ? 今の彼と暮らすの抵抗ない? 一応男と女なわけだし、もしものことが起きる可能性だってあるんだよ」
「もしものことって、何ですか?」
未だにカガチさんに恋心を抱くのが良いことなのかはわからないが、キキョウの夢を見てからふたりを同じ存在だと認められてきている私にとって、彼と暮らすこと自体に抵抗はない。恋人でも家族でもないのにひとつ屋根の下で仲睦まじく共同生活を送る奇妙な関係ではあるが、そんな形でも一緒にいられることは嬉しいのだ。ふとした瞬間に早く記憶が戻るよう願うこともあるとはいえ、今ではカガチさんへの嫌悪など跡形もなく消え去っていた。自分でもあんなに嫌っていたのが不思議なくらい。
だから睦月さんが懸念していることがよくわからず、反射的に疑問を返してしまったのだが、まさか聞き返されるとは思っていなかったのか睦月さんは目を丸くした後にそのまま睫毛を伏せてしまった。
「…………あの」
まずいことを聞いてしまったのかと思い口を開くと、彼の目がこちらを向いた。いつもは少し明るめのブラウンに見えたが、よく見てみると紫色が覗く不思議な虹彩をしていることに初めて気がついた。宝石のようで見惚れてしまう瞳だ。
「襲われるかもってこと」
声を潜めて彼はそう言った。
襲われるって、まさか。否定しようとするが、まるでわかっていたかのように言葉を続ける。
「今までの記憶がなくたって、男は男だよ。しかも一緒に暮らしてるのは元々恋人だったっていう女の子。情に流されて応じてくれるだろうって考えてもおかしくない」
――有り得る、のだろう。そういうことも。考えたことはなかったけれど。
今の彼は前にも増してそういう欲を持っているように思えないのだ。元々行為に及ぶことはあれど普段はどこか浮世離れした空気があったし、より大人っぽく物静かな今は人間らしさも薄れているような気がする。男性らしさはあるのに、私には男性に対する警戒心を決して呼び起こさせる言動を一切しない。不思議で仕方がないが、おかげで何も気にせずにふたりで暮らせていた。
……改めて考えてみると、それは巡り巡って彼が私に対して女性の魅力を感じていないことになるのだろうか。風邪のときにやらかして以来、体の触れるコミュニケーションも増えたが何も反応がないわけだから。
「長月ちゃん、本当に大丈夫なの」
勝手に脱線した思考でショックを受けた頭を引き戻して、改めて睦月さんを見る。真面目な顔というより怒っているような気さえする。
「……大丈夫ですよ」
真っ直ぐ見つめられると何か変な感じだ。知り合ってからかなり経つのに、彼の瞳がこんなに綺麗だとは知らなかった。ずっと見ていたいような、見ているうちに睦月さんにちょっとずつ惹かれてしまっているような。
「本当に?」
テーブルの上に出していた手に彼の手を重ねられて心臓が跳ね上がる。まるで何かのスイッチに触れたかのように早鐘を打ち始めて、彼から目が離せない。柔らかそうな金色の髪が眩しい。整った華やかな顔に怒りが滲んで、絵画のような魅力が広がり、細部まで見つめても飽きる気配がなかった。
「…………大丈夫、です」
「ねぇ、長月ちゃん」
するりと長い指が絡んできて、まるで恋人のように繋がった手に視線を奪われる。なにか、おかしい。私正気じゃない。
「俺、長月ちゃんが好きだよ。男として好き。神無さんが記憶なくしたって聞いて、チャンスだと思ったくらい。ある程度落ち着いたら攻めてみようと考えてたんだけど、もう我慢できない。記憶なくした恋人も好きになっちゃう長月ちゃんも可愛くて仕方がないけど、でも、俺を好きになってほしい」
心臓がうるさい。
「ちょっとだけ神無さんと離れてみようよ。それでもまだ彼が好きなら戻ればいい。でも俺のことが好きになったとしたら付き合ってほしい。俺の家、兄さんも妹もいるけど、それでも良かったら納得がいくまで泊まっていいよ。一週間、いや、三日でいいから、神無さんのいないところで考えてみて」
ぐるぐる回る脳内がゆっくり溶けていく。なんでこんなに顔が熱いのだろう。私が好きなのは彼で、でも睦月さんも良い人で、出会ったときからのことをちゃんと覚えてくれていて。こんなに揺れていては彼に申し訳ない。好きだよ。忘れてないよ。記憶が戻るまで待ってるよ。でも、でも。
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